兄妹設定




「結構奥まで来ちゃったな……」

鬱蒼と生い茂る木々の中、私は一人佇んでいた。太い幹に寄りかかり、空を見上げる。枝葉が覆い被さるように広がり、所々差し込む光は夕日に染まっていた。
――このままじゃ帰れなくなりそう。不安になり引き返そうと踵を返すが、すぐに立ち止まる。
城に戻るのは簡単だけど、飛び出してきた手前、あっさりと帰るのは癪だ。

どうしたものかと腕を組み考え込んでいると、不意に近くの茂みが音を立てる。身構えたのも束の間、現れたのは見慣れた人物だった。


「見つけたぞ。椿」

「兄様……!?」

兄様は驚く私にゆっくりと歩み寄り、見下ろす。風に吹かれ、首もとの毛皮が揺れた。

「こんなところで何をしている?」

「えっ、と……さ、散歩、かな?」

えへ、と笑って見せるけど、自分でも苦しいと思う。そもそも言い訳をしたところで、この兄の目をごまかせるはずもない。兄様は見透かしたように小さく笑う。

「ほう。父上に反発して城を抜け出した挙げ句、こんな山奥まで散歩、か」

「う……」


「帰るぞ。暗くなる前に」

「でも……」

躊躇う私を、兄様は強引に肩に担ぎ上げた。


「ちょっ、ちょっと兄様!?」

下ろしてよ、と肩を叩いても、手足を力いっぱい動かしても、兄様は全く動じない。がっしりと抱え込まれてしまっている。
しばらく抵抗していたけど、兄様に「落ちたくなければ大人しくしていろ」と言われて押し黙った。


「どれだけ心配したと思っている」

「……ごめんなさい」

「詫びは父上に言え。椿に何かあったら大変だ、と必死に探し回っていたぞ」

「父様が?」

意外……今朝はあんなに怒ってたのに。目を丸くする私に、兄様は穏やかに笑んだ。

「とんだじゃじゃ馬でも、父上にとっては大事な娘なのだろう」

「じゃ、じゃじゃ馬って……」

「違うか?」

「違、わないかもしれないけど」

「無論、俺にとって大事な妹だということにも変わりはない」

「……うん」


何かあったら俺に言え、と何気なく言われた言葉に、少し泣きそうになった。
……薄暗い山中、兄様の足音だけが響き渡る。

私はまた空を見上げた。直に日が落ちる。


「ねぇ、兄様」

「なんだ」

「なんで私があそこにいるってわかったの?」

そういえば、ずっと不思議だった。私が城から出るのを見ていた訳でもないのに、どうして見つけられたんだろう。


「声なき声が聞こえた」

「声なき、声?」

「お前の魂が奏でる旋律が、俺を呼んだのだろう」

そう、凄絶にな!

兄様はそう言って拳を握る。それが何故だかおかしくて、声を出して笑った。

私は囁くように、小さく呟く。

「……ありがとう、兄様」



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