甘/武将夢主/初々しい




鍛練の後、椿殿の髪が乱れていることに気付いた。紐がほどけかかっている。
指摘すると、彼女は恥ずかしそうに笑った。

「先の鍛練のせいでしょうか。結い直さないと……」


「よろしければ、私にやらせていただけませんか」

「え、幸村様が?」

驚いてこちらを振り返る椿殿を見て、まずい、と思った。立ち去ろうとする椿殿に咄嗟に申し出てしまったが、よく考えれば失礼極まりない。

「す、すみません。差し出がましいことを申しました」

「いえ。ではお願いします」


慌てて頭を下げるが、椿殿はさほど気にされた様子もなく、髪紐をほどく。パサッと広がった黒髪に見入っていると、笑顔で紐を差し出された。
自分で言い出したことではあるが、いざ後ろを向かれると緊張してしまう。


「失礼します……」

たどたどしく髪をすくい上げると、サラリとこぼれ落ちる。女性の髪に詳しい訳ではないが、艶もあり、とても綺麗な髪だ。思わず感嘆の声を上げる。

「綺麗な御髪ですね」

「そうですか? 普通だと思いますよ」

普通……なのだろうか。触れる度にふわりと鼻を掠める甘い香りに、どきどきしてしまう。勇ましく刀を振る姿は見事だが、こうしているとやはり女子なのだということを実感させられる。
力を込めたら壊れてしまいそうな……。そこまで考えて、首を振った。余計なことを考えている場合ではない。集中しなければ。

少しでも緊張をほぐそうと大きく息を吐いてみる。


「幸村様? そろそろ終わりそうですか?」

「えっ、あ、すみません! まだ全然……!」


サラサラと弄ぶばかりで、まだ何もしていない。急いで髪を纏めると、椿殿はくすりと笑った。

「ゆっくりで大丈夫ですよ」

や、やはり手つきだけでも不慣れなのがわかるのだろうか……。もともと器用な方ではないが、人の髪を結うのがこれほど難しいとは。
左側の髪から纏めれば右側の髪がバラけ、逆もまた……。やっと束ねられても、上手く結べない。気が散っているせいもあるのだろうが、己の不器用さに恥じるばかりだ。

しばらく悪戦苦闘しつつも、ようやく結い終える。


「で、できました」

「ありがとうございます」

……形にはできたが、なんとも不格好だ。待たせた上にこの仕上がり。申し訳ないやら情けないやらで、落胆した。

「……椿殿が結われた方が良かったでしょうか」

「そんなことありませんよ。まさか幸村様に結っていただけるとは思ってもみなかったので……嬉しいです」

椿殿ははにかむように笑った。気を使わせてしまっている。……もっと、精進せねば。ぐっと拳を握りしめた。

「椿殿。次こそは上手く結えるよう頑張りますので……」

また、私に任せていただけませんか。そう言うと、椿殿は笑顔で頷いてくれた。やはり、お優しい方だ。
そっと椿殿の髪に口付けを落とす。


「ゆ、幸村様……?」

「では、これにて失礼いたします!」

「え、あの……!」

私は引き止める言も聞かず、その場を後にした。
――先から、胸の高鳴りが止まらない。一体なんなのだろう、この気持ちは。



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