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 白煙が細く立ち上る。煙はゆらりゆらりと不規則に揺れながら室内をさ迷う。ふぅっと吐き出された白い息は、それを飲み込むように辺りに広がった。溜め息にも似た仕種は、その姿に憂いを潜ませる。
 以前はむせ返るようだったこの空気にも、もう体は何も感じなくなった。慣れとは恐ろしいものだ。近くで幾度も繰り返されるから。火を付けるときの俯き加減に伏し目がちになる瞳、灰皿に捨てられるまでの一連の仕草さえ覚えている。
 そんなに離れ難いものなんだろうか。自分自身では吸ったことがないから知らない。
 ベッドに座る赤い髪が揺れる。どこか遠くを見るようにぼんやりと定まらずにいた視線が千紗を見ていた。

「何?俺に見惚れてた?」
「違う」

 真顔で答えれば「つれない」と言わんばかりに悟浄は肩をすくめる。煙はまだ薄く彼の周りを漂っていた。

「……煙草、吸ってみたいなと思って」

 その発言が余程意外だったらしい。悟浄はしばらく動きを止めて、物珍しそうに千紗を見つめた。口に咥えたそれがじわりじわりと燃え尽きて、我に返った悟浄が慌てて灰皿に灰を落とす。

「そりゃまたどうして」
「悟浄がよく吸ってるから」

 興味、と言えば正しいだろうか。
 純粋無垢を気取るつもりはないが、今までそういうものに手を出したことはなかった。お酒ですら、ほとんど飲めないから時折子どものような扱いを受けることもある。別にそれを気にしたことはなかったし、それでいいとも思ってた――けど。近頃やけに目に付くから、一度くらい触れてみたいとも思った。好きな相手のことを知った気になりたかったのかもしれない。

「ふーん……そういうこと」

 悟浄はわかったような物言いで呟く。一瞬口元が緩んで、にたりと笑ったような気がした。

「お前には、必要ないでしょ。こんなモノ」

 そう言って、手元の一本を灰皿に押し付けた。知りたいと思った気持ちすら否定されたようで寂しさが胸をかすめる。まるで何の価値もないかのように、それはあっさりと彼の手元から離れていった。

「どうして……?」
「俺がいるから」

 上機嫌に答えると悟浄は千紗に体を寄せた。ゆっくりと迫る視線に目を閉じる。悟浄の指が髪を梳いて、吐息が飲み込まれる。その瞬間、胸を満たしたのは安堵感だった。
 瞳を開けて映る顔にもう一度と手を伸ばす。整った顔立ちに掛かる赤。見惚れていたというのは案外間違いでもなかったかもしれない。重ねられた唇はあの煙と同じ香りがした。


Like a cigarette





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