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 3月の終わり。桜の木も色付き始め新しい春の気配が訪れる頃、私はまだ歩き出せずにいた。それどころか恋しさの言うがままに引き返して、見慣れたあの姿を探してしまうのだから。未練がましいにも程がある。

 久々に歩く校舎は既に在校生の気配もなく、ほんのりと冷たい空気が漂っていた。その足は自然と毎日通っていた教室へと向かう。
 日に焼けたカーテンの横でじっと佇む白い人影。ただ一人、がらんと机だけが並ぶ一室から誰もいない窓の外を眺める姿はどこか寂しげにも見えた。

「お前、もうここに用はないんじゃねーの」

 先生はそう言って此方へと視線を移す。教室に入っても気付く素振りを見せなかったから、てっきり私の方から声を掛けなければ認識してもらえないのかと思っていた。

「卒業式が済んでも今年度中はまだここの生徒でしょう」
「だからって今更来る奴なんてそういねえよ」
「見納めに、もう一度ちゃんと見ておきたくて」

 この教室とそこにいる貴方の姿を。
 もうこれで最後だからと、自分に言い聞かせるように軽く微笑んで。真っ直ぐに見つめると先生は少しばつの悪そうな顔で息を吐いた。

「お前な……、そういつまでも名残惜しそうにするなって」

 普段の気の抜け切った態度からは考えられない力強さで腕を掴まれる。それ以上何をするわけでもなく、ただそれだけのことに鼓動は早くなるばかり。私を射抜く先生の視線がやけに痛い。

「さっさと巣立て。でないと――」

 俺の方が苦しくなる。
 そう呟く影に言葉すら出てこなくて。


去り際のラプソディ
こんなに恋しいのに、離れられるはずがない




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