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 突然降り出した雨は激しく地面を打つ。
逃げ遅れてしまったわたしはようやく見つけた雨宿りの場に飛び込んだ。公園の一角、屋根のある小さな休憩所。走っていたときには夢中で気付かなかったけれど中には先客がいた。

 同じ学校の制服。見慣れた服に少し安堵するも相手が見知らぬ人であることには変わりなく。ひどい雨ですね、と無難な言葉すらかけることはできずに微妙な距離を置いて長椅子に座った。
 ちらりと横目に窺うと同じ学校の男子生徒であろうその人は腕を組み何を思っているのか眉を顰めた仏頂面で、ただ静かに目を伏せている。大人びた雰囲気とどこか怒っているようにも見えるその表情は近寄り難さをより一層引き立てていた。

 未だ雨音の止まない外へと視線を戻すと霞んだ景色が広がる。憂鬱になりながらもぼんやりと眺めていると、すーっと冷たい風が通り抜けた。
 背筋に悪寒が走る。全身びっしょりと雨に濡れてしまった身体にはそれだけでも十分堪えた。  ハンカチくらいなら持ってはいるがこれだけ濡れてしまっていたらほんの少し拭いたくらいでは変わらないだろう。寒さから身を守るように自分の腕を抱き縮こまる。

 早く、止めばいいのに。心の中で悪態をつきながら俯いた。

「おい」
「は、はいっ」

 急に声をかけられて慌てるわたしの頭上にふわりと何かが舞い降りる。

「ほら」

 その声が聞こえたのが早いかわたしが彼を見上げたのが早いか。いつの間にか目の前に立っていたその人は不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。

「風邪引くぞ」

 頭にかけられた大きめのタオル、その上から軽く触れられる。

「それ、使え」
「あ、でも……」
「一応言っておくが、俺は使っちゃいないからな。まあ一緒にバックに放り込んでたから汗くさくない保証はないが」

 わたしが嫌がっていると勘違いしたのかその人は面倒臭そうに付け加える。

「いえっ、有り難く使わせていただきます」

 そう言ってぎゅっと握った柔らかなタオルの感触が心地好い。胸の奥から暖かくなるような、そんな気持ちになる。

「寒いんだろう、これも羽織れ」

 言葉と同時に突き出された手にはくしゃりと握られたジャージ。怖ず怖ずと手を伸ばして受け取るとその人は満足そうに口許を緩めた。
 笑った、のだろうか。ほんの一瞬のことでよくわからなかったけれどそんな気がした。

「あの……。ありがとう、ございます」
「大したことじゃねえ。目の前で震えられてちゃあな」
「それでも、嬉しいです。ありがとうございます」

 心からの言葉を視線と一緒に投げ掛けるとその人はすぐにそっぽを向いてしまった。

「だから別に……」

 頭を掻きながら口ごもる様子を見ているとまるで照れているみたいで。もしかして本当にそうなのかもしれないと気付いたときには少しだけ可笑しく思えた。

「先輩、ですよね」

 自分の中の警戒心が解けたのか、気になっていたことを恐る恐る口に出してみた。

「ん?」
「流石に同じ学年じゃなさそうなので」
「ああ、3年だ。お前は1年か?」
「どうしてわかるんです?」
「何となく、そんな気がした」

 ほんのわずかな時間だが伝わるものがあったのだろうか。警戒が解けたのは自分だけではないような気がした。

「潮江、先輩……?」

 ジャージに書いてあった文字と繋ぎ合わせてたどたどしく口にしてみる。呼ばれた先輩の方を見るとそのぎこちなさのせいか苦笑していた。

「ああ。お前は?」
「望月千紗です」
「そうか、覚えておく」

 しばらくの間、ぽつりぽつりと短い言葉が二人を行き交う。

「雨、上がりそうだな」

 先輩が呟いてようやく変わり始めた外の様子に気付いた。いつの間にか土砂降りだった雨はしとしとと朝露が零れるように穏やかになり、ざあざあと騒がしく響いていた音も静まり返っている。
 ついさっきまで早く止まないかと外ばかり気にしていたはずなのに。わたしの意識は知らぬ間に目の前のその人の方へと向いていた。


「あの、これすぐに使いますか」
「あ?」
「明日でよかったら洗ってから返したいので」

 わたしがそう言うと潮江先輩は僅かに困ったような顔で考える。迷惑、だっただろうか。

「そこまで気を使う必要は…………あー、いや。それなら頼んでもいいか」
「はいっ」

 先輩の返事に胸を撫で下ろしたのもつかの間、その人は雨の止んだばかりの外へと歩き出していた。

「じゃあな。寒くないように家まで羽織っていけ」

 何かまだ伝えたいことが残っていたような気がするけれど、言葉にするにはまだ不確かで。ただ呆然と、過ぎ去る影を見送る形になってしまった。


Encounter in the rain
今度会えたら、何かわかるだろうか





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