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「よろしくね、ポチエナ」

俺と目を合わせるように屈んで、ヘラリと笑うこの人間の第一印象は、なんとも弱そうな奴だった。

俺はマグマ団という組織の中で育った。この組織で暮らしているポケモンは集団で一定に育てられ、ある程度強くなったら新しくマグマ団に入った人間に渡されるらしい。そうして一生そいつのパートナーとして生きる。俺達に人間を選ぶ選択権なんてなく、流される運命に従うだけだった。
今まで一緒に暮らしていた仲間は、一足先に人間の元で活躍している。俺も早く頼れる人間の元で戦いたい。そう願う日々が続き、ようやく俺にも待ち望んだ日が来た。
俺の主人となる人間と初めて対面し、その頼りなさそうな姿に不安を募らせた。こいつで本当に大丈夫なんだろうか。

その嫌な予感は見事に的中した。
俺の主人となった人間は第一印象の通り、頼りなく弱い奴だった。

「ポチエナ、たいあたり!えっ、うわ、よ、よけて!」

ナマエと俺はいつもタイミングが合わなかった。というより、ナマエの命令を出すタイミングが遅いのだ。加えて、焦って俺の事や状況が見えていないのか、たまに無理難題な指示を出す時がある。そのせいで相手にろくな攻撃は与えられないし、こっちがやられる一方だ。俺達はまだ一度もバトルに勝った事がなかった。

俺と一緒の環境で育ったポチエナ達はみるみるうちに強くなり、グラエナに進化した奴も少なくない。なんで俺ばっかりこんなハズレを引いてしまったのか。こんなトレーナーじゃ勝てるバトルも勝てない。

いつからか俺はナマエの命令に従わず、自分の意思で戦うようになった。野生のポケモン相手だと押し切ってなんとか勝つ事もあった。しかしトレーナーとの勝負は一度も勝つ事はなく結局負けるばかりだった。

人間の命令も聞かない自分勝手なポケモンは決まって、人間の方から手放していくものだ。きっと俺もそうなのだろう。でも俺は後悔なんてなかった。
しかしいつまで経ってもナマエは俺を手放すことはない。それどころか、命令に背いてるにも関わらずいつもと同じように指示を出すのだ。この人間の考えている事が理解出来なかった。

ある日、いつものようにナマエの指示に従わないで自分が感じるままにバトルを行う。その時ふいにナマエの声が耳に入ってきた。

「ポチエナ!すなかけの後にかみつく!」
「!」

今まさに俺がやろうとしていた攻撃は、ナマエの指示と全く同じものだった。俺は驚きながら相手に噛み付いて、一旦距離を置いた後にナマエの方をちらりと見る。ナマエは嬉しそうにしつつも、少し自信を持てているようだった。その後も偶然なのか、何度か俺の攻撃とナマエの命令のタイミングが合っていた。
結局そのバトルは負けてしまったが、今までで一番良いバトルが出来たと思う。あと少しで勝てそうだった。こんな事は初めてで、ナマエは少し興奮しながら俺の元へ駆け寄る。

「今のバトルは惜しかったね、でも凄く良かった!初めて二人で戦ってるみたいでワクワクした!」

そう言うナマエの顔は晴々としていた。こんなナマエの爽やかな笑顔を見たのは初めての事で少し戸惑ってしまった。すると俺のそんな心情を読み取ったのか、ナマエは少し眉尻を下げて困ったように語り掛けた。

「私ね、今まで自分のことでいっぱいになって、ポチエナのこと考えてなかった」

ナマエは俺の頭へと手を伸ばす。しかしその行動に慣れてない俺は無意識のうちに、ふいとそれを避けてしまった。ナマエはそんな俺を怒るでもなく、苦笑しつつその手をゆっくりと引っ込めていった。

「コミュニケーションだって全然取れてないもんね。きっと信頼もされてないんだろうな」

無理やり口角を上げているように見えるナマエの目に、だんだんと涙が滲むのが分かった。

「強くなるために勉強だっていっぱいしたよ。でも、そこにポチエナがいなきゃ意味ないよね」

容量を超えた大きな瞳からぼろりと涙が落ちた。潤んでいる目に俺の姿が歪んで映る。次から次へとその目から涙が溢れ出してきた。

「私も、ポチエナも、一人じゃ強くなれない。ねぇ、私と一緒に強くなろう?私もっと頑張るから」

ぼろぼろと大粒の涙を零すナマエはそれを拭う事もせず、じっと俺と目を合わせる。そこからナマエの真剣で必死な想いがひしひしと伝わってきた気がした。

しかし、そのみっともない泣きべそな顔はどうにかならないのか。本当に頼りないトレーナーだ。仕方ない、俺がナマエを強くしてやらないと。いい加減泣き止めよ、泣きたいのはこっちだっての。俺はナマエへ近付き、顔を突き出す。そして流れ続ける涙をぺろりと掬い取る。するとナマエは目を見開いて、びっくりしたように俺を見つめる。ぱちくりと瞬きをした拍子に、目に残っている最後の雫が落ちた。

「一緒に、頑張ってくれるの?」

大きく見開かれた目は、次第に細められて照れくさそうに俺に笑いかける。これからバトルでも特訓でもナマエに付き合ってやる。俺がしっかりしないと。そういう意味を込めて、涙に濡れた頬を舐める。くすぐったいよ、と笑うナマエと共に頑張る事を心に誓った。

「これからもよろしくね、ポチエナ」

俺はそれに応えるようにひと吠えした。その口に残る味はしょっぱかった。










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