短編 | ナノ
▼ 恋路ロマネスク

街を歩いていると、制服姿のまま騒ぐ学生を見て思わず懐かしくなった。それだけ私も歳を取ってしまったのだ。今じゃ立派な社会人として過ごしている。

学生の頃と変わっていないものといえば、私とはじめとの関係だ。部活に一生懸命で、それでいて男前なはじめに惚れて猛アタックしたのだ。最初は面倒そうにして断られていたが、それで諦めのつく恋心ではない。必死な想いで告白を続ければ、折れたはじめが付き合う事を了承してくれた。喧嘩も何度かしたが、別れ話に発展する事もなく、有難い事に今もお付き合いをしている。

今日はお互いの仕事が休みなので、久々にデートをする予定だった。はじめとの待ち合わせまで時間に余裕がある。店にでも入って時間を潰そうか。
そんな時に私の携帯の着信音が鳴った。通話ボタンを押して耳に当てると、珍しく申し訳なさそうなはじめの声が聞こえる。

「もしもし俺だけど。悪い、今から行けなくなった。夜からじゃ駄目か?」

私は分かったと一言彼に返事をする。急に仕事が入ったのかもしれない。後輩に付き合っているという可能性もある。はじめは後輩想いで面倒見が良いから、今でも随分と後輩に慕われている。

電話を切って、カフェにでも入って時間を潰すかと考る。いつもはじめと行くお気に入りのカフェに入ってカプチーノを注文した。
いつもならはじめとテーブル席に座るが、今日は一人だ。一人でこのカフェに入るのは初めてで、どうせならいつもと違う席にしようと辺りを見渡した。窓際の空いている席が目に入り、そこに座ろうと足を進める。外の景色を見る事はあまりないので、なんだか新鮮に見えた。

何となく外を眺めていると、窓ガラス越しに見えた見覚えのある人。それは先程私に、用事が出来たから今からデートは無理だと告げた人だった。
何をしているんだろうと疑問に思い、視線ではじめの後を追い掛ける。すると陰から出てきた人の存在によって、私はカプチーノを飲むのを止めた。はじめが、デートを断った理由がそこにあった。

はじめの隣りには見慣れない女の人がいた。彼の腕に手を絡めて歩いている様は、恋人同士に見えない事もない。彼が手に持っている小さなブランドの袋も、彼女の物かもしれない。少なくとも、仕事での付き合いではないというのは彼らの雰囲気が物語っている。
私と今日デートができない理由が仕事じゃなくて、私以外の女の人と会うためだったのか。
私の存在とは何だろうか。遊ばれていたのか?

はじめは学生時代の頃からとてもモテた。そりゃあ及川くんに比べたら少なかったけど、本命になる子が多かったのだ。それでも彼は他の人と付き合う事なんて無くて、私一筋だと思っていた、のに。強引な私に嫌気が差してしまったのか。もしかして、今まで無理をさせてしまっていたのか。

楽しそうに女の人と歩くはじめの姿を見たくなくて、視線を下へと落とす。もう、駄目なのかもしれない。
そのまま動けずに固まってしまう。だんだんと冷めていく残りのカプチーノを飲み干す気分にもなれず、そのままゴミ箱へと投げ入れた。舌に残ったほろ苦さが、いっそう私を悲しくさせた。

不安な気持ちを拭えないまま、彼との約束の時間になった。待ち合わせの場所に、はじめが車で迎えに来てくれている。いつもの事なのに、これが最後になるのかな、なんて思ってしまうと不自然な動きになってしまった。助手席に乗ると、なんだかはじめが緊張しているのが見て分かった。いつもと違う。

「今日はお前に話があるんだ」
「…聞きたくない」

別れ話だろうか。私の態度を不審に思ったのだろう、彼は車を発進させようとしていた手を止めた。そして、じっと私の目を見る。この真剣な目が好きだったけど、今は気まずくなってその目をそむけた。

「…私と別れたいって言うんでしょ」
「俺がいつそんな事言ったんだよ」
「午前中のあれ、見たんだからね!」
「…見てたのか」

さっきまでの勢いを失った彼は、溜め息を吐いた。やっぱりあれは見間違いなんかじゃなくて、はじめだったのか。溜め息を吐きたいのはこっちだ。

「あのな、さっき一緒に居た人は従兄弟の嫁さんだっての!誰が人妻を口説くかよ」
「…へ?」
「既婚者だから色々とアドバイスとかしてもらってたんだよ。そしたらあの人買い物付き合えって言うし」

はじめは頭をガリガリと掻いて、諦めたようにポケットに手を入れた。

「あーもう!せっかく今からフレンチレストラン予約して計画ばっちりだと思ってたのによ…計画崩れたじゃねーか」

すっげー悩んだんだぜ?と手のひらサイズの箱をポケットから取り出して、私の前にすっと差し出した。

「…何、これ」
「俺の気持ち。受け取ってくれるよな」

彼は小さな箱を開ける。そこにはキラキラと輝くダイヤの指輪。真剣なはじめの瞳が、私を掴んで離さない。まるで、逃がすものかと言われているようだ。

「名前。俺と、結婚してください」


企画サイト「レイアの爪痕」様に提出
テーマ:連想
お題 :指輪
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