短編 | ナノ
▼ 手探りの記憶

小さい頃から読む絵本は決まって、スピアーやオニドリルが悪役だった。どうして仲良く出来ないポケモンがいるんだろう、と幼心に疑問に感じた。
なんで、どうして、と両親を質問攻めにしてはよく困らせてしまったものだ。世の中には強くて怖いポケモンもいるのよ、とお母さんは私を落ち着かせるような手付きで優しく語った。

そんな私もすくすくと成長し、研究所からチコリータを貰って旅に出た。私は格好良いポケモンよりも可愛いポケモンが大好きで、手持ちにしていく子達も可愛い子ばかりだった。



私は森に入って、次の街を目指していた。この一本道をしばらく行った先に次の街があると聞いて、ひたすら歩き続けていた。
すると、進む道の先に大きな黒っぽい塊があるのが見えた。道を塞いでいるようで、通れない事もないけど少し邪魔に思えた。そんな事を思いながら、塊にどんどん近付く。黒っぽいと思っていた色は実は茶色で、ふさふさした毛まである。塊の目の前に来たところで、少し嫌な予感がした。その塊は私の気配に気が付いたのか、振り返って私とぱっちり目があった。そうして体ごと私へと向き返ってずしんと立ち上がった。目の前にあった塊は見上げる程に大きくなった。威嚇するように唸り声をあげて私を睨むそのポケモンは、私が初めて見るリングマだった。

小さい頃に読んだ絵本がふと思い浮かんだ。確かそれはリングマが悪役で、他のポケモンをいじめて食べ物を独り占めしているような物語だった。そこに正義のポケモンがやってきて、リングマを追い払って一軒落着で終わっていた。最後までリングマは悪いやつのままだった。

記憶の中のそれよりも、大きくて迫力のあるリングマは今まで見てきたどのポケモンよりも怖く感じる。逃げるという選択肢もあったが、道は前と後ろのみ。長い時間かけて進んだ道をわざわざ戻るなんて、そんな事は意地でもしたくない。消去法で残るはこのリングマが立ちはだかる前だけになった。私はメガニウムをボールから出して、いつ攻撃されても大丈夫なように整えた。無駄なバトルはしたくないんだけど、どうしよう。

するとリングマの後ろから、ひょっこりと顔を出したヒメグマが興味津々に私達を見てきた。あ、可愛い。ポケモンの言葉は分からないけど、リングマはヒメグマに隠れろと言っているように見えた。それでも止めないヒメグマにリングマは、少しヒメグマへと体を向ける。その拍子に、大きなリングマの後ろにもう一匹のヒメグマがいる事が分かった。最初のヒメグマと違うのは、ぐったりした様子で息をするのも苦しそうに横たわっていた事だった。

「え、大変!ポケモンセンターに、」

連れて行かなきゃ、と私は急いで倒れているヒメグマに近付こうと駆け出した。それに気が付いたリングマは私にヒメグマを近づけまいと立ち塞がる。そしてその大きな手が私に向かって振り下ろされた。ペシッと甲高い音を立てたかと思うと、その手は蔓に巻かれて空中で動きを止めていた。

「ありがとう、メガニウム」

メガニウムはお礼に応えるように一声鳴いた。リングマに叩かれる直前でメガニウムがつるのムチで助けてくれたのだ。さすが私のヒーローだ。

「でも攻撃しちゃダメだからね」

私の言葉を理解したメガニウムは蔓をリングマからゆるりと解いた。リングマもヒメグマを気にしてなのか、これ以上攻撃をしてこないようだった。さっきのリングマの攻撃は威嚇に近かったのかも。
野生のポケモンに無駄に近付きすぎるとやっぱり駄目か。きずぐすりやなんでもなおしも一応は持っているけれど、そんな人工的な道具は使わせてくれないだろう。

私は鞄の中を漁って、昨日木の実を拾った事を思い出した。私は鞄からオボンの実、モモンの実、クラボの実をリングマの前にそっと差し出す。これなら大丈夫だろう。
リングマは私の様子を怪しげに見つめながら、恐る恐る木の実へ手を伸ばす。そしてそれを倒れているヒメグマに食べさせていた。ヒメグマが木の実を全て完食してしばらくしていると元気に起き上がった。良かった、木の実で回復出来るような事で。

私はほっと一息ついていると、最初から元気だったヒメグマが私へと近寄って来る。またこの子はリングマに怒られるんじゃないかとリングマの方を恐る恐る伺うと、なんとリングマはヒメグマと私達の様子をじっと見るだけで今度は止めに入らなかった。

触ってもいいのだろうか。こんな可愛いポケモンを前にして触れないという方が私にとっては辛いものだ。私はドキドキしながらヒメグマにゆっくりと手を伸ばす。ヒメグマはそんな私を知ってか知らずか、するりと私から逃れる。やっぱり簡単には触らせてくれないか。そしてヒメグマは私のそばにあった鞄に頭を突っ込んで何やらガサゴソし始めた。どうしたんだろう。人間の持ち物に興味を持ったのかな。

するとヒメグマは鞄からオボンの実を両手に持って顔をあげた。そのままヒメグマはその場に座って美味しそうに木の実を食べ始めた。そうか、さっき私があげた木の実はもう一匹のヒメグマに全部あげたからこの子にはなかったな。そんなに欲しかったのか、と思いながら今度こそヒメグマに手を伸ばす。ふわふわと気持ちいい感触に抱き締めたくなるが、それこそリングマの逆鱗に触れてしまいそうでぐっと我慢した。

ヒメグマをしばらく撫でていると、そんな私を構いもせずに急に立ち上がってリングマの元へと戻っていく。そのヒメグマの片手には木の実がしっかりと握られている。そしてそれをリングマへと手渡した。リングマは一瞬戸惑いながらも、それを一口で食べ切っていた。
そろそろお別れだろうな、と私は鞄を背負い直すとリングマに改めて向き合う。

「ヒメグマ元気になって良かったね」
「…」
「それでね、私この道を進みたいんだけど通してくれるかな?」

私の言葉は伝わっただろうか。少し不安になりながらも一歩リングマに近付くと最初のような威嚇はない。代わりに今度はリングマが私へと近付いてくる。そして両手を広げて私へと覆い被って来た。攻撃されるかも、でも私にはメガニウムがついていると内心を落ち着かせる。そして私を両手で挟む。…いや、これは抱き締められてるって言った方がいいのかな。全く痛くもないし、優しい温もりだけが身体を包む。足元には2匹のヒメグマがぎゅっと抱き着いて来た。

私が驚いて固まったままでいるとリングマとヒメグマは私から離れて行く。一度私をちらりと見て、そうして森の中へ消えて行ってしまった。身体の自由が利く頃には、私は頬の緩みを抑える事が出来なかった。

本当のリングマは悪いポケモンなんかじゃなくて、暖かくて優しい仲間思いの良いポケモンだった。
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