短編 | ナノ
▼ ユンゲラーになった少年

「いやぁ、君がいると研究が捗るよ!明日もよろしく頼む!」
「…いえ」

白衣を着た大人達はわざとらしい程に笑顔を貼り付けて僕に手を振る。僕はそれに手を振り返す事はせずに、軽く頭をぺこりと下げた。そして研究所内に設けられた自室へと戻る。

僕は普通の人間じゃないらしい。物心ついた頃から不思議な力が使えて、物や人を浮かべたり空中を移動させたりする事が出来た。どうやらそれは僕だけにしか使う事が出来ないようで、その事を聞きつけた超能力を専門とする研究所の人達に研究を手伝ってくれないかと頼まれた。僕の意見なんか誰も聞きもせず、大人達が勝手に話し合いを進めて僕はあっという間に研究所へと引き取られた。

研究所へと引き取られた僕は、研究に付き合う日々を過ごした。そこでは僕が嫌がるような事は一切しなかった。笑顔を浮かべて、優しい言動で、とても丁寧で。僕の機嫌を損ねないようにと、まるで腫れ物を扱うような態度だ。僕にはもう帰る家もないし、この超能力が研究に貢献出来るならと文句も言わずに研究を手伝う。最近それもなんだか疲れてしまった。
僕にこんな力なんか無ければよかったのに。部屋に戻った僕は一直線にベッドへ向かい、力が抜けたように倒れこんだ。もう何もかも無くなってしまえ。出てきた涙を拭う事もせずに、僕は眠りについた。



眩しい光が窓から入って僕を照らす。僕は寝ぼけ眼で目覚まし時計を見る。今は何時だろう。
しかし時間を読み取る事が出来なかった。ぐるぐると針が動き続けている。どういう事だ、僕がまだ寝ぼけているのか。ごしごしと目をこすってしっかりと目を覚ます。そこで違和感に気が付いた。

黄色い手。短い足。なんだこれは、夢を見ているのか。僕は急いで鏡の前に立つ。そこに映し出される奇妙な姿は紛れもない僕自身だった。その姿を呆然と眺める事しか出来ない。鏡の隅っこで、掛け時計の針がせわしなくぐるぐると逆回転していた。

「おはよう、起きているかい?今日のスケジュールだけど、…」

ノックのすぐ後に現れた研究員は僕の姿をぽかんと見た。その直後にガクガクと震えたかと思うと、「ヒッ」と小さく声をあげて走ってその場からいなくなった。

僕はどうしたらいいのか分からずに、とりあえず研究室へと向かった。この不思議な現象も、何か原因が分かるんじゃないかと期待を込めた。

「ばっ、化け物!」
「頭が痛い…!なんだあいつは!?」
「ポケモンか?あんなやつ見た事もないぞ!」

研究室へと足を踏み入れると、そこにいた大勢の研究員は僕を見ると恐怖の顔色を浮かべた。僕が近付くと、皆も同じ分だけ距離をあける。

待って、僕だよ。気付いてよ。
この体ではどうやら声を発する事が出来ないらしい。情けない鳴き声で彼らに訴える他なかった。そんな僕に誰も気付かない。

「くっ…あいつが近付くと頭が痛くなる!」
「あああ!研究機材が煙をあげてる!」
「こっちもコンピューターがおかしくなってる!早く復旧作業に取り組め!」
「何もかもあいつのせいだ!」

恐怖、不安、困惑、憎悪、軽蔑。色んな眼が僕に突き刺さる。そこでふとある事に気が付いた。このどろどろとした黒い嫌な視線に覚えがある。
僕がこんな変な姿になる前からだ。他の人間とは違う超能力。今まで周りから向けられていた眼は尊敬なんかじゃなくて、恐らく恐怖。今まで親切心から優しくされていたのではなく、僕が機嫌を損ねて何かしでかさないかと恐怖で優しくしてくれていたのだと悟った。

「室長!アルファ派計測メーターがこれ程にないまで振り切ってます!」
「なんだと!?もしや、あいつが特殊なアルファ派を出してるのか!」
「何でもいい!あいつも研究材料だ!」

研究員達は恐怖もあるだろうに、珍しい僕を見てそれでも研究に取り組もうとする。もはや職業病だ。しかし僕に近付く人達は次々に頭を押さえてその場にうずくまっていく。誰も僕に近付けない。

「いたたた!ダメだ、頭が割れそうだ…!」
「次々に機械が壊れていくぞ!」
「あいつの発するアルファ派が強すぎて我々じゃ対応しきれない!」
「もういい!使えない奴は放り出せ!」
「お前はもういらない!迷惑だ!どっか行け!」

混乱する状況の中、僕は研究員からの暴言を浴びながら様々な物を投げられる。僕に当たりそうになったハサミを超能力でふいと横に動かす。どうやら超能力は健在らしい。僕はその場にいる事が悲しくなって、初めて研究所の外へ飛び出した。

僕の価値ってなんだろう。お金が支払われて僕が親元から研究所に引き取られた事も知っている。僕はこんな人生しか歩めないのか。いや、僕はもう人間じゃない。僕は化け物になってしまった。恐らくこれはポケモンだ。他のポケモンも、人間からポケモンになったのだろうか。この世界は不思議だらけである。



僕がポケモンになって数日が過ぎたが、相変わらず僕は一人ぼっちだった。近くにコラッタやナゾノクサがいたけれど、僕が近付いていくと彼らはびっくりしたように僕を見て一目散に逃げて行った。僕は人間の言葉を話せなくなった代わりに、ポケモンの言葉が分かるようになった。そこで改めて、ああ僕は本当にポケモンになってしまったのかとひっそり孤独に感じた。

「あれ?初めて見るポケモンだ!」

ふと声のした方に顔を向けると、ポケモン図鑑をこちらに向ける少女がいた。彼女の手にした図鑑からは僕を説明する機械的な声が流れる。

「へー、あなたユンゲラーっていうんだ!」

エスパータイプ格好良いね!そういう少女は僕に怯えもせずに興味深げに僕を見る。君も僕に近付くと頭痛くなったりするよ。そしたら他の人やコラッタみたいに僕から離れていくんでしょ。
僕は半ば拗ねたように、彼女からふいと視線を外した。

「あれ、怒っちゃった?馴れ馴れしかったかな…。でも私、貴方と一緒に旅をしたいって思ったの!直感ってやつかな。どう、私と一緒に来ない?」

その言葉に驚いて僕は彼女に視線を戻す。彼女は僕を見ても怖がりもしない。彼女の瞳からは、あの大人達のような黒い視線は全く感じられない。むしろ嬉々として輝くその瞳は、驚いて目を見開く僕がそこに映し出されていた。彼女を見つめたまま動かない僕を否定と捉えたらしい彼女は、少し困ったようにして小さく肩を落とした。

「突然だし、やっぱり駄目だよね。貴方にも貴方の暮らしがあるだろうし、私バトルして手持ちに加えるの好きじゃないんだよね」

仕方ないけど諦めるか、と彼女は僕に手を降って僕から離れていく。どんどん小さくなるその背中から目が離せなかった。
思えば、僕をちゃんと見て話してくれたのは彼女だけだった。このポケモンの姿になってからだけじゃない。人間の時だってそうだ。大人達は僕と話しているようで、僕自身を見てくれていなかった。彼らが欲しかったのは僕の超能力だけだった。もっと彼女と居たかった。行かないで。これから先も、僕は。

「あれ?」

気が付くと、僕から離れて行ったはずの彼女が再び僕の目の前に居た。僕も驚いたがそれ以上に彼女も驚いていて、振り返って僕の姿を確認すると納得がいったように笑った。

「なるほど、貴方がテレポートで私を戻したのね。そんなに私と離れたくなかった?」

彼女は僕がやった事に対して怒る事もなく、くすくすと可笑しそうに顔をほころばす。

「私と一緒に冒険しようよ、きっと楽しいから!」

彼女はさっきと同じように僕から離れて前に進んでいく。さっきと違うのは、数歩先で彼女が立ち止まって僕が来るのを待ってくれている。彼女の瞳が、笑顔が、とても眩しく見えた。

どうして彼女は恐怖や偏見もなく、僕の事を綺麗な瞳で見れるんだろう。キラキラとしているその瞳には何が見えるの?世界は君の瞳みたいに輝いて見える?僕にも君と同じ世界が見れるかな。僕は彼女の後を駆け足で追い掛けた。
その答えは、きっとすぐそこだ。
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