短編 | ナノ
▼ 昔も今も変わらない君のままで

トキワシティのジムリーダーとして任命され、久々にトキワシティへと戻ってきた。
しばらく前までロケット団のボスがここのジムリーダーとして潜伏していたとは思えないほどの平和で、そして全く変わらない温かな町だった。
まずはじいさんの所に顔でも出すか。俺はそのままマサラタウンに行こうと足を進める。
すると一匹のバタフリーが俺の元へとやってきた。俺のまわりをぐるぐると舞った後に頭の上へと止まって、バタフリーが羽を休めた。なんとも人懐っこいバタフリーだ、少なくとも野生ではないだろうと判断する。

「どうした、お前迷子か?トレーナーは何してんだか」
「すみません!うちのバタフリーが…あれ、グリーン?」
「お前…名前か?」

走って俺の前に現れたのは、幼い頃にトキワシティで出会った顔馴染みの女の子だった。
他人かと聞かれれば、そんな事はなく話したことだって何回もある。しかし親しいかと聞かれれば、それもそんな事はないと言える。会う度に悪戯をして驚かせたり、小さなイジメを振るってはよく怖がらせてしまったものだ。きっと俺はその時から名前が好きだったのだろう。幼い頃の俺は彼女の気を引きたくて必死だった。
そんな姿を見かねたレッドの口から出た「そんなんじゃ、いつか嫌われるよ」と呆れ気味に、溜め息と共に吐き出された言葉が今でも頭に残っている。
そしてレッドにうるさいと言った事も、どうせ俺なんか好かれてねぇよと思った事も鮮明に覚えている。俺には笑わないくせに、レッドの前では楽しそうに名前は笑う。それが何よりも気に食わなかった。

そして俺は旅に出る日になり、マサラタウンを出てトキワシティを通る時に名前の姿を見つけた。彼女にはしばらく会えない、下手したら会うのも最後かもしれない。だからと言って、今更お別れをするというのもむず痒いものだった。でも顔は見ておきたい。色々悩んだ後に、いつも通りに驚かせてやろうという決断に至った。結局俺は意気地なしのままだった。
俺はモンスターボールから一匹のポケモンを出す。そのまま名前の後ろに忍び寄り、彼女が振り向くと同時にそのポケモンを彼女の顔面へと持っていった。

「わっ!びっくりした…キャタピー?」
「なんだよ、お前虫ポケモン平気なわけ?」
「え、うん。可愛いじゃない」
「ちぇっ、つまんねーの」

失敗した。大抵の女は虫ポケモンやゴーストポケモンを怖がる奴がほとんどだ。ハナダのジムリーダーだって虫ポケモンが大の苦手だという話で有名だ。だからさっきゲットしたばかりのキャタピーで驚かせようとしたのに、見事に失敗に終わった。女は何でもかんでも可愛いって言うから付き合ってられない。俺は彼女の苦手なものや好きなものを何一つだって知らないのだ。内心落胆しながらも彼女を見ると、彼女はキャタピーに興味津々のようだった。

「グリーン、ポケモン持ってたっけ?」
「あー。俺、今から旅に出るんだよ」

名前は驚いたように俺の顔を見て目を見開く。あーあ、湿っぽい話は嫌いなのに。でも、彼女からしたら喜ばしいことなのかもしれない。長年自分のことをイジメてた奴がいなくなるんだ。そりゃ嬉しいだろうよ。いつの間にか自虐思考になってしまって自分自身に笑えた。

「俺がいなくなってさぞ嬉しいだろうなぁ」
「別に、そんな、ことは…」

名前の目が泳いでいる。何だ、俺はこんなにも嫌われてしまっていたのか。悲しいとか苛立ちとかを通り越して、もう笑いしか出てこなかった。レッドに言われたことが現実になってしまうとは。

「名前は旅に出ねーの?」
「私は別に興味ないし、この町で暮らしていこうかと思ってるから」
「ふーん。じゃあ、このキャタピー名前にやるよ」
「え、いいの?」
「初めてゲットしたポケモンだけど、俺にはじいさんから貰った相棒がいるし。旅に出ねーならポケモン貰えないだろうし。だから、やる」

そう言うと、俺の手にいたキャタピーを名前の腕の中に抱えさせるように移動させる。その時に一緒にキャタピーの入っていたモンスターボールを名前に渡す。このまま、俺の事を忘れないでくれたらいいのに。困惑する名前をよそに、俺はトキワの森へと向かう。最後にちらりと彼女に目を向けてみる。大事そうにキャタピーを抱いて俺に手を振る彼女は、俺に見せた初めての笑顔だった。

名前に会うのはそれ以来だった。何年振りだろうか、突然名前に会うのは心臓に悪い。幼い頃よりも更に綺麗になっていて、鼓動が速くなるのを感じた俺はやっぱりこいつの事が好きなんだなぁと一人納得した。未だに名前の事が好きで、そんな奴に心の準備もなく会うとなると余裕なんて無くなるから内心焦る。名前の前では格好悪い姿を見せたくなかった。

「グリーン、久しぶりだね。戻ってきたの?」
「まぁな。…もしかして、こいつあの時のキャタピーか」
「そうだよ。すごく頼りになるの。なんてったって、あの元チャンピオン様が初めて捕まえたポケモンだもん」
「嫌味かよ」

確かにチャンピオンの座に着いていたが、それも長くは続かずライバルであるレッドに一瞬にして引きずり下ろされた。俺の事を知ってくれていたのかと喜んだ反面、すでに格好悪い姿も見せていることにも気が付いて溜め息を吐いた。
それにしても、このバタフリーはあの時のキャタピーだったのか。だから俺に寄ってきてくれたのかもしれない。そうだとしたら、随分と賢い奴だ。この小さい体で名前を守ってくれていたのだと思うと、こいつを名前にやって正解だったと改めて思う。感謝の意味を込めてバタフリーの頭を撫でると、バタフリーは嬉しそうに鳴いた。

「グリーン、これからどうするの?またどこか旅に出るの?」
「いや、俺はトキワのジムリーダーになったからここで暮らす」
「ジムリーダーに?前のジムリーダーは全然顔も出さないし、いるのかどうかも分からないうちに辞めちゃったみたいだから心配だったけど、これからは安心だね!」

屈託のない笑顔を俺に向ける。あの頃は俺に見せなかった笑顔を、こんなにも容易く出す。なんだよ、俺の事嫌いじゃなかったのかよ。未だに卑屈になってしまうのは悪い癖だと理解しつつも治る事はない。

「安心?俺がいたら本当は嫌じゃねーの?」
「確かに私をイジメてくるグリーンは嫌だったけど、強くて頼りになるグリーンは嫌じゃなかったよ。それに、これからはトキワのジムリーダーとしてこの町を守ってくれるんでしょ?」
「…ばーか」

俺は名前の頬を両手で摘まむ。いひゃい、と俺を見上げながら手を叩いて主張してくる名前を見て、こいつ全然変わらないなと安心した。可愛くて、しっかりしているように見えて抜けていて、俺に対してどこか無防備で。その無防備さが、おかしくて愛しい。全く、放っておけるかよ。
俺の手を逃れた名前は両手を自分の頬へと持っていって撫でる。そして小さく俺を睨むが、そんなのちっとも怖くないし、効果はいまひとつだ。

「やっぱり、グリーンよりレッドがジムリーダーになれば良かったのに。レッドの方が強いし優しいし」

一瞬にして頭が真っ白になる。これは見事に効果抜群だが、言った張本人はそのことに気付かないようでプイと顔を背けた。流石に倒れる事はなかったが、俺の口を閉じさせ、思考能力を鈍らせるには充分の威力だった。
…こんなとこでもレッドに負けちまうのかよ。ふざけんな。
俺は無意識のうちに名前の手を少し乱暴に掴む。すると穏やかな空気ではないと状況を読んだのだろう、俺の頭にいたバタフリーが俺と名前の間に入って仲裁する。いや、俺に顔を向けて名前に背中を向けるバタフリーは、仲裁というよりも名前を守っているようだった。きっと俺がこれ以上何かしたら、しびれごなやどくのこな、もしくはふきとばしをして攻撃してくるかもしれない。しっかりと名前を守る役目を果たしているバタフリーに感心した。

「…わりぃ」
「こっちこそ、ごめんね」

俺は馬鹿か。更に格好悪いところを見せてどうする。ここで素直に好きだと言えたらどんなに楽か。さっきの名前の言葉を聞いた後に言う程の勇気はない。加えてプライドも邪魔をしてくる。名前に謝るけれども、掴んだ手を放すことはしない。せめてもの悪あがきだ。小さな手、指先にこもる熱。この手に寄せた寂しさが、愛しさが、名前に伝わればいいのに。
そんな事を思ったって伝わないことくらい知ってる。くそ、見てろよ。絶対惚れさせてやる。
バタフリーは俺の心情を見抜いているのだろう、俺の周りをまたぐるりと舞う。まるで、頑張れよ意気地なし、と嘲笑われているようだった。



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テーマ:切ない
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