短編 | ナノ
▼ 憎しみを込めたありがとう

「魔王を倒し、姫を無事に助け出しました。どうか、俺と結婚してくれませんか」

勇者サボ様は私の前に片足をひざまずき、私の右手をそっと手に取る。そして私を見上げながら熱い視線をよこす。
なんともありきたりでハッピーエンドを迎える物語であろう。…通常であれば。
王様もお妃様も、そして勇者に助け出された姫様も私達の様子を驚きながら静かに見守っている。

私はお姫様でもお妃様でもない。王族でも貴族の家系でもない。お城に仕える召使いである。それも、脇役で登場する召使いEくらいの存在のはずだ。誰がこの展開を予想出来ただろうか、静まり返った王広間で私は必死に頭を働かせた。

私は勇者サボ様と親しくなったつもりも好感度を上げたつもりも全くない。ただ、王宮に到着した勇者様一行を2回ほど王広間に案内し、王宮に滞在している間に少しの給仕をしただけの仲のはずだ。しかも、そこに居たのは私だけでなく数人の召使いも居たはず。それがどうしてこうなった。その始まりを必死に思い返してみる。

姫様が魔王に攫われたと大騒ぎになったのは一ヶ月前の事だった。
王宮は慌てふためいて、早急に勇者様を王宮へ召集したのだ。数年前に一度、街を荒らしていた魔物を勇者様が退治したという事があり、王様と勇者様は顔馴染みの仲であるようだった。当時の私はと言えば、まだ幼く召使いの下っ端のような立場であった為に、会ったかどうかを覚えておらず顔すら思い浮かばない。

「勇者御一行様ですね。お待ちしておりました。ご案内致しますので、こちらへどうぞ」

勇者様一行が王宮に到着したのが、それから一週間後だった。勇者様を筆頭に、仲間であろう各職業の方々が後ろに並ぶ。全員で5人のパーティのようだ。勇者様を初めて見て、内心驚いた。顔の左側の大きな傷跡に思わず息を飲む。きっと、勇者と呼ばれるだけの実力を持っているんだろう。その為に様々な死闘を潜り抜けてきたに違いない。
しばらく勇者様の顔をじっと見てしまったせいか、勇者様に、ん?と首を傾げられてしまった。いけない、勇者様に対して失礼な態度をとってしまった。私は勇者様達に詫びの言葉を一言添えて、そして付いてくるように伝えて王広間へと案内する。

「おお、勇者よ!久しく会えたところ急で悪いんじゃが、姫が魔王に攫われてしまったんじゃ!姫を助けてくれ!もちろん褒美も与えよう!」
「分かりました。必ず姫を助け出します」

そして勇者様一行はすぐに出発をすると思っていたが、どうやら準備が必要らしい。それはそうだ。これから長旅になるのだからそれなりの準備がいる。一晩を王宮で過ごして、明日出発をするとの事だった。私は王広間から客間へと案内をする。ここなら全員が休めて、好きに各自の準備が出来るだろう。勇者様一行をお連れした後は、夕食の準備を行う。聞いたところ、どうやら大食いの方がいらっしゃるようだ。満足のいってもらうように沢山用意をせねば、と張り切ったコックがいつもより豪勢に腕を振るう。完成した大量の料理を運ぶのは私達の役目だ。

「失礼致します。夕食をお持ち致しました」
「おお!すげェ美味そうだな!」
「こらルフィ、つまみ食いすんな!」

客室に入り、料理をテーブルの上へ運ぶ。その途中で勇者様の仲間の一人が近付いて、料理を一口パクりと食べたのだった。勇者様はその方に叱咤をしつつ、私の方へ来て料理を運ぶのを手伝ってくれる。

「悪いな、あいつ食い意地はってて。俺の弟でルフィっていうんだ。格闘家」
「あの、私共で用意致しますので勇者様はお座りになってお待ちください」
「…俺、サボっていうんだ。あそこで寝てんのが俺のもう一人の兄弟で魔術師のエース。その奥で喧嘩してんのが剣士のゾロと騎士のサンジ。あの二人はルフィの知り合いらしくて連れてきたんだ」
「は、はぁ」

座るよう伝えたはずが、勇者様はその手を止めずに各々の紹介をしてくれた。正直、勇者様しか詳しく知らなかったのでそれは有難かったけど、私の言葉に対する返答としては正しくない。私の他にも召使いが数人いたので夕食の用意はあっという間に終わった。

「なぁ、もしかして君、名前じゃないか?」
「えっと、どうしてそれを?」
「やっぱりな。前に一度会ったんだけど覚えてない?」
「…申し訳ありません」
「いいって、気にしないでくれ。それと、俺の事を勇者様じゃなくてサボって呼んでくれ。名前で呼ばれたいんだ」
「サボ、様」

そう名前を呼んでみると、サボ様は嬉しそうに頬を緩めた。あまり勇者だと呼ばれたくないのだろうか。よく分からないけども、上機嫌に鼻歌をさえずるサボ様を見てこれで良かったのだと一人納得する。
それにしても、私は以前にサボ様と会っていたのだろうか。必死に頭を働かせてみるものの、残念ながら記憶は蘇ってこない。申し訳ない。

その後、客室から退室をする。片付けと就寝の準備は他の召使いの担当であり、私の役目ではなかったからその日はもう勇者様一行に会う事はなかった。

翌日、勇者様一行は朝食を済ませた後に出発の用意をする。朝からだと言うのに、ルフィ様とエース様の食欲は相変わらず凄まじいものだった。あの細い身体のどこに入っていくのか。
そして、門の前までお見送りをする。

「サボ様、どうか姫様を助け出してきてください。無事を祈ります」
「ああ、行ってくるよ。すぐに帰ってくるさ」

笑顔でサボ様はそう言うと、仲間を引き連れて颯爽と行ってしまった。

それから数週間後、勇者様一行が魔王を倒して姫様を連れて帰ってきたのだ。王宮は歓喜で包まれた。そしてまた王広間への案内を私がする事になり、帰ってきたばかりの勇者様一行と話す事が出来た。

「ご無事でお戻りになられて良かったです」
「…早く会いたかったからな。ただいま」
「? おかえりなさい」

早く会いたかったとは誰にだろう?王様にだろうか。姫様を早く取り戻して会いたかったという意味だろうか。その真意が分からないまま、王広間へと到着する。
壇上では王様とお妃様が笑顔で勇者の到着をまだかと待ちわびていた。勇者様一行は壇上の下で足を付いて頭を下げる。私は召使いが並んでいる端の列に一緒に並ぶ。

「よく姫を助け出してくれた!勇者よ、君には感謝してもしきれない!さあ、望みの褒美を君に与えよう。宝か?それとも、姫の婿の座でも良いぞ」
「ではお言葉に甘えて、褒美を一つ頂きたいと思います」

そう言うサボ様は、すっと立ち上がりくるりと振り返った。そして端に並んで立っている召使いの中から私をじっと見据えて、私の方へとツカツカと歩いてくる。ん?今、私を見た?と言うかこっちに来る?疑問ばかりが浮かぶうちに、あっという間にサボ様が私の前へとやって来た。何事だと思えばサボ様は私の前に片足を付いて、私の右手をそっと取ったのだ。そして冒頭へと戻る。

「あの、えっと、私…?」
「俺は名前以外に欲しい物はない。名前に姫を助け出してほしいと上目遣いで懇願されたら、姫を助けないわけがない。名前の悲しむ顔を見たくなかったから、俺は姫を助け出したんだ」
「確かに姫様を助け出してほしいと頼みましたが、上目遣いをしたつもりはないですし、それに姫様を助け出してほしいのは皆一緒の願いでしたし、」

…無意識かと呟くサボ様は私の目をしっかりと見つめ、少し懐かしそうに言葉を紡ぐ。

「名前は覚えてなかったみたいだけど、前に魔物退治をした時に俺と会ってたんだ。廊下ですれ違っただけだったけど、俺に頑張れって、無事に戻ってきてって言ってくれた。まだ不安があった俺に言ってくれたその言葉が凄く嬉しくて、励まされた。今回また名前と会えて、全然変わってなくて安心したんだよな。じっと俺を見つめる名前を見て、名前の為に姫様を助け出す事を決めたんだ」

私は当時の事を忘れてしまっていたのに、サボ様はこんなにも覚えてくれていたとは。あの夜に聞かれた事はこの事だったのかと納得した。

そしてまさかの救出理由が姫様自身ではなく私の為。
いや、それでは姫様の立場って物がなくなるでしょう。私は恐る恐る姫様の方をちらりと見る。勘当されて王宮を追い出されるのではないかと危惧したのだ。
するとどうだろう、最初こちらを見ていたはずの姫様は興味が無いようにもう私達を見てはいない。その代わり、最初に勇者様がいた方向、すなわち勇者様一行の方をじっと見つめている。
よくよく見て見れば、勇者様一行のうちの一人である騎士のサンジ様がにこやかに小さく姫様に手を振る。それに気付いた姫様は顔をほのかに赤らめて手を振りかえした後に、その手を自分の頬へと持っていって恍惚とサンジ様を見続ける。もしやこれは。

「姫よりそこの召使いを選ぶとは、」
「待ってお父様!」

呆れたような声を出す王様を姫様が遮った。姫様は勇者様一行の方、もといサンジ様への元へと迷いもなく駆け出して行く。そしてサンジ様の手をぎゅっと握った後に王様の方を見て口を開く。

「私サンジ様と一緒になりたいの!確かに魔王を倒したのは勇者様よ。でも私を救い出してくれたのはサンジ様なの。帰り道も私にずっと優しくしてくれて、私を守ってくれて。私はサンジ様が好きなの!」
「レディである姫に先に言わせてしまうとは…。王様、俺に姫を頂けませんか。男である俺が先に言えなかったのは格好がつきませんが、必ず姫を幸せにします。姫の騎士として、一生をかけて姫を守り抜くと誓います」
「やれやれ…。姫は言い出したら聞かんからのう。それに、姫を助け出した勇者一行であるのは変わらんからな。好きにすると良い」
「ありがとうございます!」
「ありがとうお父様!」

そして二人は幸せそうに抱き合う。きっとこの冒険(姫を加えた帰り道)で、二人の愛情が芽生えていたのだろう。姫様に触れるその手が、声が、瞳が。その全てで優しく、そして甘く姫様を愛おしそうに触れる姿を見て、ああサンジ様は姫様をこれほどに大事にしておられるのか、と改めて二人の愛を実感した。まるで騎士様が王子様のようで、ロマンチックな姿に思わず見惚れる。

「そういう事なら仕方ないのう。勇者よ。その者で良ければ、いくらでも勇者に差し出そう!」
「え、お、王様!?」
「ありがとうございます。名前、あの時からずっと君を想い続けていた。絶対に幸せにするから」
「…ありがとう、ございます」

私の人生が勝手に決まっていってしまう。私の意見なんて誰も聞こうとしない。きっと意見したところでこの状況は覆らないだろう。王様か、勇者様か、それともこうなってしまった状況か。何に対してこの苛立ちがあるのか私自身もよく分からない。そんな私の気持ちなんてこれっぽっちも知らないんだろう。
嬉しそうなサボ様が私の手の甲にそっと唇を落とした。


企画サイト「消しゴム」様に提出
テーマ:RPG
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -