短編 | ナノ
▼ 困惑の果て

昼休みに入って友達と一緒にお弁当を食べる。友達は昼休みに委員会の集合があるらしく、お弁当を食べ終わるとすぐさま教室から飛び出していった。午後の授業までまだ30分以上もある。アプリゲームでもしようかな。
自分の席に戻ると、隣りの桑原くんに珍しく来客が来ているようだった。少し、いやかなり騒がしい。

「ジャッカル先輩頼むっスよー」
「俺、担任に呼ばれてるから職員室に行かなきゃならねぇんだよ!その手を放せ!」
「困ってる後輩を見捨てるんスか!俺と担任どっちが大切なんですか!」
「担任に決まってるだろ」

桑原くんの後輩らしい、騒ぐ彼は英語のプリントを持って桑原くんを必死に引き止める。
桑原くんって後輩から頼られてるんだなぁ、良い人だもんな。そんな事を思いながらその光景を眺めていたら、桑原くんが私を見てきた。一体何なんだ。

「あ、名字。悪いけど、こいつの勉強見てもらえねぇか?」
「え?」
「この際アンタでもいいや!マジ頼むっス!」

困っている様子の桑原くんと、私に拝んでくる天パの後輩くんの姿は周りから見るとかなり異様だ。状況は分からないが、かなり必死そうにしている。何事だ。

「こいつ俺の部活の後輩なんだけど、英語がかなり苦手でな」
「これ次の授業で提出なんスよ」

ずい、と手にしている英語のプリントを私に見せてきた。一文字も答えを書き込んだ形跡がない。
…何で余裕もってやらないのかな。直前でやるって。半ば呆れながら彼らを見ると、私と後輩くんから離れていく桑原くん。おい、どこへ行く。

「名字は教え方上手いし安心だしな。じゃあ俺、職員室行ってくるから」

迷惑かけんなよ、と片手を上げて桑原くんは教室を出て行った。残された私と後輩くん。ちょっと待て、私に拒否権は無いのか。知らない後輩と面倒事を押し付けていく桑原くんの好感度が一気に落ちた。優しい人だと思っていたのに。この代償は高いから覚悟してね?
去っていった桑原くんの背中を見ながら怨念を込めたが、今は目の前にいる後輩くんを何とかしよう。こうなったら仕方ない。

「えーと、桑原くんの後輩くん」
「切原赤也っス!テニス部のエースなんで覚えてください!」
「あーはいはい。で、切原くんはどこが分からないの?」
「全部っス!」
「…はい?」

思った以上に厄介事を押し付けられたようだ。何故こうも彼は自信満々に答えるのか。先が思いやられるなぁ。とりあえず、彼に1から教える事にした。英語はそこまで得意じゃないけど、去年の内容ならなんとか教える事ができる。

「…で、この動詞が現在進行形になるから後半がこうなって…分かる?」
「分かるっス!いやぁ、アンタ教え方上手いな」
「…それはどうも」

何故上から目線なんだろう。教えてるのはこっちだぞ。敬語もちゃんと使えていないし、体育会系の部活動って上下関係厳しいんじゃないの?あ、私が敬われてないだけか。

「いやぁ、本当に助かった!あざっす先輩…あ、そういやアンタの名前聞いてなかったな!名前教えてください!」
「名字名前だけど」
「名字先輩ね!またよろしくお願いします!あ、やべ!そろそろ授業始まっちまう!」

そういう切原くんは私の机にシャーペンで何かを書き始めた。この短時間で私の机に落書きされるほど親しくなったつもりはない。嫌がらせか。恩を仇で返してるのか。

「これ俺の連絡先!もっと名字先輩と話したいから絶対連絡くださいね!じゃ!」

そう言いながら、切原くんは走って嵐の様に去って行った。そんなに切原くんと親しくなったつもりはなかったし、これ限りの関係でもう関わる事なんてないと思っていたのに。まさかこんなに好かれるとは予想外だった。

夜に登録した旨の連絡を切原くんに送ると、速攻で返事が来た。
「お礼に今度奢るっス!来週デートするんで空けといてくださいね!」
名前の呼び方が、先輩から名前呼びに変わる日も近いかもしれない。
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