短編 | ナノ
▼ 春風に包まれる

今年も春がやってきた。風に乗って桜の花びらがひらひらと舞う。
廊下を通り過ぎると、スタッフルームから話し声が聞こえる。これは、名前さんの声だ。声を聞いただけで、愛しいと思える俺はもう末期だな。
名前さんはETUの広報として働いている。そして、俺が密かに想いを寄せている人だ。俺の言動に一喜一憂する名前さんも、俺の事を好きなのではないかと思っていた。しかしその中から聞こえた言葉に、思わず耳を疑いたくなった。

「私、スギって嫌い」

今のは、名前さんの声だ。聞き間違いなんかじゃない。浮かれた気持ちが一変して、心が冷めていくのが自分でも分かった。なんだ。俺、嫌われていたのか。
しばらくその場にいると、中から名前さんが出てきた。

「あ、お疲れ様です!」
「名前さん、聞きたい事があるんだけど」
「え?スギ?」

出てきた名前さんを壁に追いやる。逃げ場を与えないように、顔の横に手を付く。

「ち、近いよ!どうしたの!?」

俺の事、嫌いなんだろ?なのに何でいつも俺の前で笑顔になる?俺を喜ばせる言葉を言う?
 
「俺が嫌いならそれでいい。でもそれなら、思わせぶりな態度取らないで」

ほら、今だってそうだ。
照れているんだろう、顔を赤くして俺と目を合わせない。

「ちゃんと目を見ろよ」

思った以上に低い声が出た事に俺自身驚いた。その声に名前さんはビクリと肩を震わす。今はもう照れている様子は無く、怖がっているのが見て分かる。分かっているのに、離す事が出来ない。俺は、名前さんが俺から離れていくのが恐いんだ。
名前さんは涙目になりながら俺を見上げる。ああ、これも可愛いなんて思ってしまう俺は、名前さんを嫌いになれないんだろう。

「…くしゅんっ」

その瞬間、名前さんは可愛らしいくしゃみをした。

「ご、ごめ…くしゅんっ、くしゅんっ」

くしゃみが止まらないのか、少し辛そうにしている。

「…大丈夫?」
「私、花粉症なの。スギ花粉で…」

名前さんはまた、くしゅんとくしゃみが続く。

「…え?」

もしかしてあの時聞いた言葉は、俺の勘違いなんじゃないか?スギが嫌いと言っていたのは俺じゃなくて、スギ花粉の事だったのかもしれない。

「あの、私スギの事嫌いじゃないよ?…むしろ、」

あの、その、と語尾が小さくなる名前さんは今まで以上に顔を赤らめる。

今まで俺は何を見ていたんだろう、こんなにも俺に好意を向けていたというのに。申し訳なさと愛しさで、名前さんをそのまま抱き締めた。

「怖がらせてごめん。俺、名前さんが好きなんだ」

名前さんは俺の背中に手を回して、控えめに俺の服を掴んでくる。
名前さんも俺と同じ気持ちだと解釈しても、いいよな?
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