みんなが帰った二人きりの部室。
あったかい、唇に、塞がれた。

「…ん」

なんでちゅーすんの?
なんで俺の気持ち、知っとんの?

好きやねん。
光のこと。

それ、俺言うてへんやん。
…なんも言われてへんし。

なんでそないな、自惚れてしまうようなこと、すんの?





意外と光の唇があったかかったとか、キスされて舞い上がってしまったとか、複雑な感情が、俺の頭をぐるぐると巡る。

愛とか恋とか、ぜんぜんわからへんけど。

けど、光のこと考えると…

「あぁもー!」

晴れ渡った青空の下、光とのダブルス練習のためにテニスコートに入った。
コートの真ん中で、天に向かって叫ぶ俺。
じっとりまとわりつく湿気を払うようなそれには、光がつっこむ。

「牛がおるわ」

あたりまえやけど、光が一番に返してくれたんが嬉しくて。

一番近くにいたからというのが、その理由だったとしても。
嬉しいなんて、顔には出せない。

「ッ牛ちゃうわ!スピードスターや!光のあほ!」
「あほは謙也さんっすわ」

呆れ顔の光を横目に見下ろす。
目がいくのは、唇。
なんであのとき、ふいに唇を奪ったのか、とか。
なんの感情も無かったのかな、とか。
じゃあなんで、あんなことできるのか、とか。

亀裂の入った俺の気持ちを、きっと光は知らないんだ。

『謙也さん』

二人きりの部室で、キスされた時のことを思い出して、顔が歪んだ。





「謙也さん?」

もやもやしたまま、あれから数日が過ぎた。
部活前の短い放課後、俺は図書室に来ていた。
持ち出し禁止の分厚い本が並んでいる奥の棚を物色していると、光の声がした。

「あ、今日当番なん?」

ぎっしりつまっている背表紙を流し見しながら、返事をする。
誰も来ないような図書室の奥で二人っきり、何故か緊張する俺。
光が、俺のすぐ近くの棚に凭れる。

「何探しとるんすか?」

俺の方を見ずに、光は言う。
近くにある適当な茶色く分厚い本を引き抜いて開く光。

「たまには難しい単語覚えんとあかんからなぁ」
「なあ、謙也さん」
「な…ッ、ちょ…!」

シャツの裾を引っ張られ、バランスを崩した隙に、光がものすごく近くなる。
持っている本はそのままで、片手で俺の体を本棚に張り付ける。
背中の痛みと、光の近さに、怯みそうになる俺。
ばたんと持っていた本を閉じ、本棚に戻す。目は、俺をとらえたまま。
決して強くない光の俺を押さえる力。
でも、抗えない。

抗わない。

「…なんで、逃げへんのですか」
「…別に、逃げる必要あらへんし」
「調子、乗せんといて欲しいっすわ」
「…ン!?」

ギッ、と本棚がきしむ。
背伸びをする光の唇が、俺の口を斜めにふさぐ。

なんで?

今、俺、ちゅーされたかて、泣いてまうだけやで。

溢れる痛々しい感情。
伏せられた光の瞳。
長いまつげが揺れて、僅かに黒い瞳が映る。
唇で唇を挟まれ、音を立てて離れる唇の温もり。

「…っ」
「…ほら、謙也さんが調子乗せよるから」
「お、俺のせいちゃうやろ!」

平気なフリ。
慣れないそれは、一瞬しか出来なかったけど。

「…どあほ…」

うつむけば、目からこぼれる水滴。
こんなの、面倒くさいに決まってる。

「泣いとるんすか?」
「泣いてへんわっ!」
「嘘つけ」

おしおきっすわ、と俺の肩に手を置くと、もう一度唇がふさがれる。
抵抗しようとする俺を、普段のだるそうな態度からは想像できない力で抑えつける光。
ゆるむ体の力と、涙腺。

せやから…

なんで…

自惚れるようなこと…

「…人くる、て」

わずかな抵抗なんて、しないのと同じ。
そんなの俺だってわかってる。
光の手が、頬に触れる。
ひんやりとした指先が、俺の涙を確かめるように目尻をなぞる。

「こないなとこ、誰も来いひんし」
「っ、わからへんやろ…」
「謙也さんは、俺のことだけ、考えとればええんです」
「…え?」

また、自惚れるようなこと。

「好きっすわ」

視線が、がっちりと絡まり、一瞬、時が止まる。
さらりと言われたその言葉の意味を理解するのには、時間を要した。

「…」
「返事は?」

黒い、瞳が、先を促すように、俺から視線を外さない。

「…ッどあほ!」
「…図書室で、うるさいっすわ…」

真っ赤になる俺と、呆れる光のため息。

「…なんでちゅーした時より照れとるんか謎っすわ」
「あ、あた、当たり前っちゅう話やろ!」
「やからうるさい、ちゅうとるや…」
「好き!光、どあほ!」

浮かれてる。
光を、ぎゅっと抱きしめる。

「…どあほ、て矛盾しとりますけど」

抱きしめ返される。
静かな図書室の奥に、涙の跡と、割れた放課チャイムの音。

増える『好き』は、減る事なんてない。

それは、乱雑に扱われたコンパクトディスクの傷のようで。

「あ、部活…」
「スピードスターやったら間に合わんことあらへんやろ」

いつもよりやわらかい、その表情と言動。

「当たり前、っちゅう話や!」

もう、もやもやなんて無くて。
浮かれたどきどきが、俺の心を占める。

「図書室では騒がんとってください、うるさいっすわ」


俺って、単純。


end

参加させていただき、誠にありがとうございました^^



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