控えめなノックと、その後に保健室の重いドアがひかれる音が聞こえた。
保健室と職員室のドアは他の教室と比べると丈夫に作られていて、開けるのには少し力がいる。
「せんせい」と聞こえた声、気持ち程度に薄く閉じていた瞳をぎゅっと瞑ると、肩までかけていた白い硬めのシーツを頭の上まですっぽりと被る。
隠れるつもりはないけれど、なんだか小さくなりたかった。先生が「そこのカーテンの奥よ」と言うのが聞こえて、すぐにシャッと軽い音で遮りが断たれる。
先生は都合良くも悪くも、「会議だから」と重いドアを引いて保健室を出て行った。こらこら、年頃の男女をベッドのある密室に二人きりにするなんてどうなんですかな。まあ、そんなこと私と彼の関係を知っている先生に言っても無駄だけど。

「なまえ、起きてるか?」
「…………」
「起きてるな」
「勝手にめくらないで」

縮こまった体が一気に外気に触れ、効きすぎた冷房の冷たさに身を震わせる。
睨みあげると、隼人は普段はきりりとつり上がった眉を困ったように下げる。いつもそうだ、私がわがままを言うとこんな顔をして、頭を撫でる。今だってほら、こうして片手を伸ばしてきた。
素直に撫でられるのもシャクで、その大きな手から逃れるように頭を退けると、小さなため息が聞こえた。小さく呼ばれた名前に反抗心から反応せず、あっち行ってとそっぽを向く。
ついにこちらを向かせることを諦めたらしい隼人がベッドサイドの丸椅子を引いた。丸椅子の足についているゴムは擦り切れているので、直接鉄と床が擦れ嫌な音がする。そこに腰掛けてベッドに肘をついた隼人はもうしばらくはここに居座りますよというように姿勢を崩した。

「どうした、また飯食わなかったのか?」
「隼人には関係無い」
「関係なくないだろ、なまえの母さんになまえを頼むって言われてるんだからさ」

親同士が仲良くて幼馴染、そんな漫画のような関係の私たちは二つ違いで、いつも隼人は私のことを妹のように扱い、可愛がってきた。
そんな隼人を恋愛対象として見るようになったのは、というかそういう目で見ていることに気づいたのは中学一年生の頃。同じ学校にやっと通えるようになったかと思えば中学三年生になった隼人に彼女ができたという噂を耳にして、その時始めて彼のことが男として好きだと知った。
幸いにも真剣味のない中学生の交際は二ヶ月も経たないうちに破れ彼女とは別れたが、それから三年経った今でも私を恋愛対象として見ている様子はない。
大人っぽい服装とかメイクとかを頑張っても隼人の中ではいつまでもませた子供で妹の私で、家の中で肌を見せても照れる様子もなく「風邪引くぞ」と言うだけだった。

そんな私が隼人の気を引くために考えに考え考え抜いた方法が、これだ。
心配性のお兄ちゃんなら、私を心配させて嫌でも私を気にさせればいい。
そう思った日から、ご飯を食べる量を少しずつ減らした。体重はみるみる減っていき、今では友達に心配されるほどに細い。貧血でふらつくことも増えて、肌もなんだか白くなった。
中学生までの健康的に焼けて程よく肉のついた私とは一転、人形みたいな身体になった私を隼人はとにかく心配した。こんなことをするようになったのは高校生になってからだから、寮生活があっていないのかとか、学校で上手くいっていないのかとか、何でも気にかけてくれた。
特に学校は親の目の届かないところで自分くらいしか様子を見ることができる人がいないから、その分責任感もあったんだろう。だから私はそれを利用した。
ご飯を抜くのは最初はお腹が減って痛くなって苦しかったけれど、一ヶ月もすれば慣れてきて、対応するように胃も小さくなりたくさんのご飯を食べられなくなった。
体育でもしょっちゅう倒れるから隼人だけでなく友達やクラスメイトのようは隼人以外の人からも心配される。それはどうでもよかったけど、いざという時に頼まれるのがいつも隼人だったので、その度に隼人は私のお見舞いに来てくれた。それが嬉しかった。

「なあなまえ、ちゃんと食わなきゃダメだろ。悠人も心配してる」
「ゆうちゃんに言ったの?」
「言ったよ、悠人、なまえのこと大好きだからな」
(私だって、隼人のこと大好きなのに)

そんな返事をすることもできなくて、再びシーツをを顔の上まで持って来て覆い隠す。泣きそうな顔を見られたくなかったのだ。
隼人が小さくため息を吐いたのと同時に、軽い音が保健室に響く。隼人のケータイの着信音のようで、殆ど家族みたいな私のことを隼人は気にせずに電話に出た。

「もしもし、ああーーさん。ん?そうそう、妹がさ、倒れて」

隼人くんの口から女の名前が出るたび、胸がじくりじくりと痛む。無意識に寄せていた眉間が痺れて、視界は滲み、ぽつりぽつりとこぼれた涙は白いシーツにシミを残した。

私は一生このまま死ぬまで妹のまま。
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