「あー! 疲れたー!」
「おかえりィ」
なまえチャンにしては珍しく早い、まだMステが放映している時間帯に帰ってきた。玄関先で乱雑にハイヒールパンプスを脱ぎ、スーツがシワになるのも構わずにベッドにダイブする。そのまま5分ほどベッドに沈んでいた後、思い出したかのようにiPhoneを取り出してどこかに電話をかけ始めた。
「あ、もしもし? あたし。ねえ、やっぱ明日の合コン行けないわ。うん、そうそう〜。ごめんねえ、また誘って。じゃあ」
早口でまくしたてるようにそう言って、電話を切った。そうしてまた誰かにかけ始める。
「あ、もしもし〜お疲れ様です。日曜日の飲み会なんだけど、あたし欠席でもいい? ……え? いやいや、彼氏いないから! ちょっと用事できちゃって。……だから彼氏じゃないっての! もー! じゃあね!」
ケタケタと楽しそうに笑って切った後、iPhoneが飛んできた。あぶねぇ。俺に当たったiPhoneはそのまま鈍い音を立ててフローリングに落下した。なまえチャンに近寄ってそっと頭を撫でる。時折聞こえる鼻をすする音を聞こえないふりをしながら、なんで俺、こんな風になっちまったンだろーな、とひとりごちた。
「……あんま泣くなよ。ブスがさらにブスになんぞ」
「…………。……化粧落とさなきゃ。スーツもかけなきゃ。面倒くさいなあ」
そう言ってなまえチャンはのろのろと身体を起こした。パチリと電気をつけてやる。
「……なんか最近ポルターガイストが多くなった気がする」
訝しげにオンになったスイッチを睨んでるけど、そこには透けた俺の手があるだけだ。なまえチャンは少し首をひねったあと、スーツを脱いで着替えて洗面台へと向かった。

なまえチャンには俺が見えない。俺の声も聞こえない。俺がこんな風になった経緯は置いといて、こんな生活がもう2年ほど続いている。なまえチャンに新しい彼氏ができる気配はない。自惚れる気はねーけど、それが俺のためだってンなら不謹慎だけど嬉しい。けど、いつまでも縛ってはおけねーから悲しいくもある。
「おめーは幸せになるべきだヨ」
どこの馬の骨とも分からねーやつには渡すつもりはねぇけど。新開とか、東堂とか、福チャンとか。黒田でも、泉田でもいい。なまえチャンを幸せにしてくれる誰か。
「バリバリのキャリアウーマンより、家で子供育てながら笑ってる方が向いてるヨ」
「なァ、知ってたか。新開、高校のときおめーのこと好きだったんだってヨ。笑っちまうよなァ。お前、鈍感だから全然気づかなかったろ」

化粧を落とすついでに風呂に入ったらしい。ガーガーとドライヤーで髪の毛を乾かしているなまえチャンに向かって言う。鏡の中に映るなまえチャンは、前よりも痩せた気がする。ちゃんと食ってんのかコイツ。食ってねェだろうなァ。何やってんだヨ、バァカチャン。後ろから思いきり頬をつねるけどなまえチャンは痛がる素振りも見せない。なぜか泣きそうな顔をしていた。それがみるみるうちに歪んでいって、とうとう目から大粒の涙がぼろりと落ちた。泣くな。慰めようと抱きしめてるのに何で感触がねぇんだ。何でお前に俺の姿が見えねんだヨ、ふざけんな。泣いてるおめーなんかブサイクだから見たくねー。ホラ、おめーが泣くから、俺だって視界歪んできたじゃねーかバァカ。
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