*微暴力行為表現注意


身体中の感覚が研ぎ澄まされて行く様に私は銅橋くんの行為を受け入れる様になっていた。銅橋くんはそう思っているんだろうけど、実際は「やめて」と言えない私が諦めているだけ。同意の上なんかじゃ無い理不尽な関係を続けているのも、きっと銅橋くんが私に与えた全てが?こわい?からずるずる引き摺っているんだ。でも時折、私の身体に触れる銅橋くんの手付きは優しくてそれが癖になっているんだと思う。わたしが銅橋くんに依存している?銅橋くんがわたしに依存している?根本を考えるのはとうの昔に諦めた。探してもきっと答えは見つからない。銅橋くんは言う、「お前は俺だけの物だ」と。私は言う、「そう、私は貴方だけの物」と。


▽▽▽


「まだ部誌を書いていたのか、みょうじ」
「福富先輩」
「もう暗い、早めに切り上げろ」
「はっ、はい」


福富先輩が夜遅くまで明かりが付いたこの自転車競技部の部室に来る事は私の中で日常生活の一つであった。マネージャーである私は仕事が終わるまでは帰れない。そんな私を心配してか何なのか理由は分からないけど福富先輩は毎日同じ時間に部室に来ると私にそう告げ、帰るまで一緒にいる。この日常生活の一つである時間を彼は、銅橋くんは知らない。そう考えるとじわり、と嫌な汗が背中を伝った。今銅橋くんの事を考えるのは止そう。私が唯一彼の意思に関係なく過ごせる、数少ない時間なのだから。


「…どうしたんだ、その痣」
「………痣、ですか?」
「あぁ。右頬の…ここだ」


立ち上がって何かと思えば福富先輩は私の顔にある一つの痣を人差し指で撫で、どうかしたのかと聞いた。おかしいな、隠していたつもりだったのに。先程流れた嫌な汗がまた出て来、少し息苦しさを感じた。この痣を着けた銅橋くんの、あの恐ろしい目を思い出してしまった。こわい。福富先輩の真っ直ぐで強い眼差しに縫い付けられた様に動かせない視線。目一杯の福富先輩に高鳴る心とは裏腹に私の脳内は既に銅橋くんの事で満たされていた。満たされていた、何てロマンチックな言い方だけれど対象が恐怖であると分かればそれはロマンチックの欠片も無くなってしまう。質問に答えない後輩を不思議に思ったのか、福富先輩は少し視線を外し痛むか?と問いかけた。その一瞬の視線の外れを見落とさない様に、素早くそしてやんわりと福富先輩の指を除けた。



「ちょっと高さのある荷物を運んでいた時に当たっちゃったみたいで…」
「そうか、気をつけるんだぞ」
「善処しますね」
「…対策は練るんだぞ」


はい、頑張りますと笑いかければ福富先輩は優しく微笑み私の頭を撫でた。銅橋くんとはまた違う、角張った福富先輩の手の感覚が頭皮から全身に伝わる。それは優しくて暖かくて何処か懐かしさを思わせる様な、きっとこの手で誰かが痛む事なんて悲しむ事なんて無い様な手だった。知っている、私はこの感覚を。銅橋くんの時折見せる優しさに、とても似ていた。


「…部誌は終わったか?」
「え、あ…はい。なんとか無事に!」
「そうか、なら帰るとしよう」
「すみません…!主将だからって遅くまで残らせてしまって…」
「いや、好きでやっている。これも主将の務めだと思っているからな」



主将とマネージャー。その程度の関係なんだ私達は。それに私には銅橋くんと言う彼氏がいる。分かってはいたけれど改めて突き付けられるそれに胸が痛んだ。私はなんで福富先輩に、主将にこんな感情を抱いてしまったのだろう。なんで銅橋くんは私を好きになったんだろう。でも、そんな小さな関係でも福富先輩は私の事を気にかけてくれている。小さな関係の小さな事実が私にはとても嬉しかった。


▽▽▽


二人で部室から出て談笑しながら歩き、福富先輩とは大丈夫だから、と押し問答を繰り返し男子寮の近くでお別れをした。少しだけ幸せな気分のまま帰路を辿り気が付けば学校の校門まで来ていて電灯は柔らかく道を照らしていた。一人になると心細くなるのはこの闇のせいか、それとも先程まで福富先輩と居たからか。分からないけど。校門を抜けて少し行った所に人がいるのが分かった。嫌な汗がまた、背中を伝う。



「随分遅かったみたいだな、なまえ」
「…うん。ごめんね……銅橋、くん」



銅橋くんだった。彼も福富先輩と同じで寮生のはずなのだが、何故ここに居るのだろう。まさか、心配して来てくれたとか?いいや、変に自惚れるのはやめよう。そんな事を考えていたら銅橋くんはいつの間にか私の目の前にいた。私を見下ろす目は酷く影を帯び醸し出す雰囲気はピリピリと身体を強張らせるのには充分だった。元々大きく凛々しい彼の身体が増して見える。



「福富さんと居たんだってな」
「…うん、遅くなって心配かけちゃったみたいで」
「二人きりだったんだってな。部室で」
「まぁ、…うん」



こわい。素直に、本能が「逃げろ」と叫んでいるのに身体は言う事を聞かない。否、銅橋くんのプレッシャーに押し潰されそうで彼の言う事は聞いているのだろう、私の身体は。そう言う風になってしまったんだ。何も出来ずただ見上げて視線を合わせるだけで、 何も言わない私に痺れを切らしたのか、銅橋くんは私の肩に手を置いた。



「っ、」
「いつもあの時間は一人って言ってなかったか?話が違ぇじゃねぇか」
「ぁ、っ…ごめ、なさ…」



置かれた手は彼の感情を乗せて私の肩に強く食い込んだ。ぎりぎり、それこそ骨の軋む様な音がする位には。小さな抵抗として銅橋くんの腕に手を掛けて力を入れるがびくともしない。男女の力の差、それ以前に支配する側と支配される側。逃げなかった私の負けで、逃がさなかった銅橋くんの勝ちだ。こうなってしまったら痣の一つや二つは覚悟しなければならない。どう隠せばいいだろう。今日、福富先輩に指摘されたからなぁ…。痛い筈なのに怖い筈なのに、頭は意外と冷静で驚いた。目の前にいる銅橋くんより、福富先輩の事を考えていたからか。



「……きょ、は偶然…!いつもは、ひと、り…だから、ごめんなさい…!ごめんなさい…」
「……本当、か?」



少しだけ力が緩んで顔を上げると近くなった銅橋くんの顔は苦しそうに歪められていた。嘘を伝えて銅橋くんを騙していると言うのに何故か私の心中は穏やかに近い物が漂っていた。銅橋くんの問いに肯定する為まだ残る痛みに耐えながら首を縦に振ると強い力で引っ張られ一瞬にして銅橋くんの胸の中にはまってしまった。とくとく、と彼の心音が間近に聞こえて少しどきどきしてしまった。まだ、私は彼が好きなのかな。何とも酷い事を考えているものだ。



「すまねぇ…なまえ、俺、また…」
「だ、…いじょーぶ!やだなぁ、もう銅橋くんそんな顔しないで…」



未だ銅橋くんの胸の中の私は少し笑いながら自分を責める彼を宥める。さっきまでの野獣の様な彼とは違い、なまえ、なまえと私の名前を繰り返し呟いて許しを得ようとする子供の様だ。ギャップ萌えと言うのか、少し可愛いとさえ思ってしまう。その後はなんとか、暴力沙汰にならないように、銅橋くんを宥めて一人家路を辿った。勿論今日の事も含めてである。私のあの自由な時間は死守されたのだ。



▽▽▽


「ただいまー」
「あら、おかえり。遅かったのね」
「うん、ちょっとねー」
「お、帰ったのか。なんだなんだ?彼氏か」
「…えへへー、そんなとこかな」



母と父との何気ない言葉を交わし怪しまれる事なく部屋に飛び込んだ。扉を閉めた瞬間、足の力が抜けてその場にへたり込んだ。今更になって、銅橋くんのあのプレッシャーに押し潰されそうになる。うまく呼吸が出来なくて、体の震えが止まらなくて汗がぶり返す。銅橋くんを怒らせちゃ駄目だと、分かっているのに。それでも私がこの発作のようなものから救われるのはあの自由な時間、福富先輩といる時間があるからで。




こんな関係がいつまでも続くとは思っていないし、思いたくもない。でも福富先輩とそう言う関係になれるかと言ったら、そう言うわけでもない。この微妙だけど明確に線引きされた関係に終止符が打たれるのはいつになるのかも、私には全部分からない事だらけだ。でも銅橋くんに対する思いも、福富先輩に対する思いも私の中では同じ?好き?と言う括りである事は分かっている。自分がいかに罪深い事を思っているのかも、ちゃんと分かっている。それなのに両方を思い続けてしまうのは、人の恋心は何が起こるかわからない。その一つの理由に限る事なのだと、私は思う。呼吸はまだ収まらないのに、二人への思いは募る一方だった。



その顔が赤い本当の理由
(それは誰も知らない、わたしだけの秘密)
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -