逃避行 | ナノ





「藍川、」

「………」

「藍川」


昼休み、昨日の返事とは裏腹にやっぱり懲りずに何度も私を呼ぶ柳の声が、嫌なくらい耳につく。けれど、私はもう二度とその声には応えないと決めた。
第一私の生活の邪魔をするならこんなやつのことどうだって良いはずなのに、脳みそがかき回されるような感覚に陥る。胸焼けがして、気持ち悪い。

二、三回私の名前を呼んだ柳はついに呼ぶことをやめて、けれど読書に戻る様子もなくしばらく黙った後ようやく口を開いた。


「…もう、無理なのか」


たった一言、それも悪口や脅し文句を吐かれたわけでもないのに、やけに耳が痛い。心臓がおかしい。頭がおかしくなりそう。
それを最後に、柳は黙って読書を始めた。けれど、私の耳にはまだ柳の声が痛いほど残る。

気持ち悪い。痛い。苦しい。



その日も、家に帰ると待ち受けていたのは昨日と同じ状況だった。さすがに二日連続は久しぶりだったから遂に吐きそうになって速攻で部屋に戻って、ベッドに顔を押しつけた。
やっと落ち着いて目を閉じると、ここ最近は忘れかけていたあの感覚が戻ってくる。それは毎日のように問いかけていた疑問。


この世界に、私が生きてて何がある?

母さんも柳も、大っ嫌いな父やあの女たちですら、私がいることで不幸になるというのに。



 



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