逃避行 | ナノ
「さて、聞きたい話はあるか?」
「…特に」
「そうか、なら今日は猫の話でもしよう。」
「………」
「……藍川?」
「あー、何でもない大丈夫」
いくら柳といえどそういうことには気がつかないのか、それともわざとなのか。どちらもあり得そうだから勘ぐるのも面倒臭くなって、大人しく猫の話に耳を傾けることにした。…くそ、やっぱり柳の話は色々とおもしろい。
「そして猫の交尾についてだが」
「…は?」
「そして猫の、」
「いやいや、聞こえてるから。…仮にも女子に普通そんな話する?」
「…ふっ」
何だか柳の話が変な方向に向かいかけていたのでさすがにどれだけデリカシー無いんだと思いながら止めると、柳が唐突に笑い出した。
あ、柳笑ってもやっぱ目は開かないんだ。まあ当然っちゃ当然だけど、柳の目っていつも閉じてるから普通の人と逆の構造なんじゃないかと思ってた。
「何?」
「やっと俺の話に反応を示したな」
「……あ」
やられた。
くそ、全部計算だったのか。
別に自分が頭が悪いとか思ってはいないけど、やっぱりこの男は私なんかとは頭の造りが違うらしい。
ああ、気持ち悪い。
「お前の負けだ」
「…別に、勝負してた訳じゃない」
「ふ、そうだな…負けた罰として、」
「人の話聞けよ」
「これからは普通に会話をしてくれ」
はあ?
と思わず言いたくはなったがその時の自分のアホ顔を想像したら耐えられなかったので無言で柳を見つめるだけに留めておいた。いや、しかし内心は、はあ?の一言に尽きる。
「……これからは普通に、」
「いやだから聞こえてるっての」
「どうだ?」
「いや、どうだって…別に、そのくらいならいいけど」
「そうか」
その瞬間、柳がちょっとだけ笑った、ような気がした。さっきみたいな笑いじゃなくて微笑む程度。本当にちょっとだけだったから見間違いかもしれないけれど、ああこりゃ多少女子が騒ぐのも仕方ないかもな、なんて思った。
何ていうか、柳ってやっぱり変だ。