「もう終わりにしよう」
ベッドに座り、事後の身体にシーツをまとった臨也が口にした言葉は、初めて放たれるものではなかった。
まるで恋人同士の別れを切り出す言葉のようだが、僕らの関係はもちろん恋人同士ではない。
一番近い言葉で例えるならばセックスフレンド。しかしそんな下世話な言葉で片付けてしまえるほど簡単でもない。
「……理由を聞かせてもらおうかな」
ぼくは苦笑を漏らしながら臨也に向き直り、恋人にするように彼の身体に腕を回した。
幾度となく性行為を交わしてきたけれど、そこにあるのは性欲処理と互いへのほんのすこしの独占欲のみで、普段は甘える・甘やかすといった行為は一切行われない。
「もう飽きちゃったよ、きみとするの」
甘えるようにぼくの胸に擦り寄る姿はあまりにも言動と一致していない。
うそはいけないな。耳元でなるべく優しい音色でささやくと、臨也はすぐに本心を口にする。
「……新羅は、俺のことがすきじゃないから」
だからしんどい。臨也の言葉はひねくれた彼の口から飛び出した言葉とは思えないほど素直で、弱弱しかった。
身体の関係のみだと割り切っていると思っていてもそこに気持ちが伴ってしまうのは仕方ないことだ。
臨也はときどきこうして自暴自棄に陥り、今までに何度かこの関係を終わらせようとしたことがある。
もちろん今もこうして続いているので、全て未遂で終わっていた。
「僕はね、セルティが好きだよ」
今この状況には似つかわしくない台詞だが、諭すように優しく言葉を紡ぎ続けた。
「他の誰よりもセルティを愛してる、それは揺るぎのない事実だ」
臨也の表情が徐々に歪んでいく。ああ、そんなに唇をかみしめたら血がでてしまうよ。
臨也が僕の一言でこんなにも傷つく様は見ていてとてもたのしい。
あの折原臨也にこんな顔させてるのは静雄でも他の誰でもないこの僕なんだ。
あぁその顔すごくかわいいよ、もっとそのゆがんだ顔を見せてくれよ。
なくかな。でもこの臨也が胸元に顔を埋めている今の状況じゃ見えない、残念だ。
「でもね、臨也のことも好き」
ぴくり、腕の中の身体が微かに反応した。我ながら最低だなぁ、堂々と二股宣言だ。ごめんセルティ。
「そういうの、いらない」
震える声で臨也が言う。その声もすごくいいね、そそられるよ。
ついでに顔も見せてくれればいいのに、きっと今、最高にかわいい表情してるんだろうなあ。
こうなると臨也を説得するのは多少骨が折れる。何せ臨也は俺の愛をまったく信じてくれない。
だから何度もこういうやり取りを繰り返す羽目になるんだ。
「ぼくは二人とも愛しているよ、どちらか一人を選ぶなんてできない」
「最低」
「最低で結構」
臨也は人間を愛していて、私のこともそのうちの一人だという。
もちろんそれが本心じゃないことくらい彼の態度を見ていれば明らかだけど。
何が言いたいかというと、臨也の愛は普通じゃない。俺の愛も、他人から見たら異常だと言われる。
そんな僕らが今更どうして「普通」の形にこだわらなきゃいけないのかな。僕はセルティが好き、臨也のことも好き。
一人しか愛しちゃいけないなんて誰が決めた?今更どうして常識にこだわらなきゃいけないのか僕は分からない。
「どうしたら信じてくれる」
「……運び屋より俺のこと好きって言ってくれたら考える」
彼の言い分は最もだ。ここで君のことが一番好きだよって言うのがもちろん理想。
でも僕たちの関係からすると比べるなんてできないって返すのが妥当かな。でも僕にはそれができない。
「それは無理なお願いだな、だってセルティの方が好きだから」
こう言ったら、臨也がもっと良い表情してくれるって知っているから。
ふいに臨也が顔をあげた。涙こそ見せていないものの目のふちが赤くなっている。
みっともないな、その顔、すごくかわいい。
「帰る、もうここには来ない」
あ、ちょっとやりすぎたかな。
「いざや」
立ち上がろうとした腕をつかんで、胸元に引き戻した。臨也の抵抗は弱い。
「好きだよ」
「愛してる」
「君に会えないのはさびしいな」
「僕から離れて行かないで」
きつく抱きしめて、思いつく限りの愛の言葉を羅列。
それからちょっと下手に出て、強引にキスをする。
「ね、お願い」
極めつけはこれで完璧。
君はぼくにこうして引き留めて、必要だと言ってほしかったんだろう。
ばかだなあ、そんなことしなくても僕は十分君のことが大好きなのに、どうして伝わらないのかな。
「……おまえなんか嫌いだ」
「行動と言動が一致してないよ」
「うるさい」
ぎゅうと絡みついてくる腕と裏腹に、ばればれの嘘を吐く口はもう一度塞いでやった。
君がもっと素直になれば、僕もそれなりに分かりやすく愛してあげるのに。
臨也は僕の言葉の裏にある欲望なんてきっと気付いてないんだろう。かわいいなあ。
試すようなそぶりを見せるのは、君が僕から離れられない証拠だ。
もっとぼくに依存して、ぼくなしで生きられなくなってしまえばいいと思った。


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