※13巻後



「はい、どちらさま」
『もしもし、俺』

詐欺さながらの挨拶に、思ったままに返してしまえる間柄の相手ではあるのだが、そうさせなかったのは、電話口の声が、消息どころか生死不明で、数年間音信不通であった友人のものだったからに他ならない。
「驚いた。生きてるとは思ってたけど、もう二度と君の声を聞くことはないかもしれないと思ってたよ。君が僕に連絡してくるということは、また医者に見せられない怪我でもしたのかい? それとも昔話でもしようって?」
『怒るなよ、怪我はしてない。昔は大した用もなく世間話をしたものじゃないか』
単純に思ったことを述べたまでなのに、皮肉と受け取られてしまったらしい。どれだけ普段から後ろめたいことをしているんだ。相変わらずネガティブ思考なところがある友人を懐かしみ、苦笑する。
「怒ってないさ、驚いてはいるけど。その様子だと元気そうだね」
『ぼちぼち。君の方も元気そうだね。日本一周旅行は楽しめたかい?』
「相変わらずよく知ってるね、それもう一年以上も前の話だけどね」
『うん、その後は変わらず仲睦まじくやってるだけで取り立てたトピックスはなさそうだから。それに、こんなに長い間君と話さなかったのは初めてだから、勝手がわからないんだ』
「君にも知らないことがあるんだね」
『あるよ。特に変態闇医者との友達付き合いなんてのは、どこを調べても誰に聞いても教えてくれないからさ』
驚くべきことに、数年間連絡を寄越さなかったくせして、彼の中の友達認定はまだまだ有効なようだ。
それもそうだ。だって、そういや、一生だ。
『まぁ、とくに話があるわけじゃないから、もう切るよ。せっかくの恋人との週末を邪魔しても悪いし、これしか小銭がないんだ』
「はいはい。怪我と不摂生には気をつけて」
恋人、今いないけどね。小銭がないんじゃ仕方ないね。
『はは、だいじょーぶ。もう、昔ほどヤンチャしてないから。じゃあね』
「うん、ばいばい」

うん、と電話口から聞こえたのちに数秒の空白を置いて、ガチャンと電話は切れた。
その空白の意味を自分なりに解釈してみるも、その答えを知る術はない。公衆電話に電話をかけ直すなんて、ただの闇医者の身分ではできっこないのだ。

またね、とは言わない。
待っている、なんて野暮なことも口にしない。
今何してるの、どこにいるの、そんな詮索も必要ない。
いつかやってくるかもしれない彼の帰還について触れるなんて、ご法度だ。

いまどき探す方がたいへんな公衆電話から、わざわざ小銭を継ぎ足して電話をしてくるということは、そういうことなんだろう。

それが空白への答えだ。

「いつでも帰っておいで」
決して本人には伝えることのない言葉を、連絡先の表示されない電話に向かって呟いた。

君の名前を呼ぶのは、次にまた会えるときの楽しみにしておこうと思う。


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