意識が混沌とし始め、いよいよ完全にブラックアウト間近になってけたたましく鳴り響いたのはもちろん起床の時間を告げる時計ではなく、携帯電話。こんな非常識な時間に電話をしてくる知り合いは一人しかいない。
「寝てた?」
電話口から聞こえてくる声はまさしく脳裏に思い描いた通りの人物。
「いままさに寝ようとしてたところです」
まるで恋人同士のような会話だが奴との関係はそんな楽しいものじゃない。
嫌な予感しかしない。悪い予感というのは大抵的中するものだ。
「起きてたならよかった、終電のがしちゃってさ、迎えに来てくれないかな」
「タクシーつかまえりゃ良いじゃないっすか…」
寝かせてくれ、ニート同然のあんたと違って俺は明日も仕事なんだ。だいたいこんな時間まで何をしていたというのだ、どうせ碌なことじゃない。どうして俺がその被害を被らなければならない。
「早く来てくれないと寒くてしんじゃいそう」
ふざけるな。電話口では奴がまだ何か喋っていたが指はすでに電源ボタンに伸びていた。
朦朧としていた意識はいつの間にはっきりと覚醒していた。
暖かい布団と別れを告げ、散らかったテーブルから鍵を発掘。部屋着の上からダウンとマフラーを装備したら準備は完璧。分かっていたさ、電話がかかってきた時点で俺に拒否権などないことを。
少し迷って車に乗り込んだ。一人ならバイクの方が断然楽だがこの寒い中バイクで迎えに行った暁には、バイク寒い考えたらわかるだろ馬鹿なの車で来いよと罵倒されることは分かりきっているので、車。
暖房を入れて彼の置いていった俺の好みではないCDをセットして準備完了。駅までとばして約10分。さあ、我儘な姫様をお迎えに上がろうか。

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