▼ 後輩×先輩

「あー極楽極楽」

勢い良く浴槽に入ってきた芳夫は、気持ち良さそうなため息と共に親父くさい言葉を吐いた。
男2人で風呂なんて狭いだろ、と抵抗するにはしたのだが、結局押し負けて今こんなことになっている。
そんなつもりは全くなかったのだが、どうやら俺は若干流されやすいタチらしかった。

「狭い」

足を折り畳む窮屈な態勢を強いられついぼやくと、芳夫は「狭いっすねー」と呑気に答えた。
それから何か思いついたように目を輝かせ、俺の足首を掴む。

「伸ばしていいですよ、足」
「ちょ、うわ」
「どうすか。ちょっとは楽?」
「あー……」

持ち上げられた俺の足は、向かい合った芳夫の足に乗せられるように開かされていた。
チンコ同士が触れ合いそうになり、少し気恥ずかしくてこっそり身をよじる。
しかし内心の葛藤は幸い気づかれなかったらしく、頷いた俺に満足気に目を細めた芳夫は「いい湯ですねえ」と目を閉じた。
確かに湯は熱めのいい温度で、狭いながらもなんとか足も伸ばせている。
浴槽にもたれて俺も目を閉じると、不意に芳夫の手が俺の脛を撫でた。

「一ノ瀬さんすね毛も薄いっすね」

再び目を開けると、芳夫はまじまじと俺の足を観察していた。だがその目に性的な色はなく、どうやら純粋な好奇心らしい。
それで警戒をとき、湯に沈んでいる芳夫の足と見比べると、確かに毛の濃さには明らかな差があった。

「遺伝じゃねえの。親父も兄貴も薄いし」
「あ、お兄さんいるんですか?」
「年離れてっからあんま喋んねえけど。お前は?」
「うちは姉ちゃんいますよ。こえーのが1人」
「へえ」

芳夫とはただの先輩後輩だった頃から合わせて一年近く一緒にいるが、家族の話が出たことはなかった。
芳夫に似ているんだろうか、とぼんやり考えてみる。
が、その思考はしつこく俺の足をさする手の動きに邪魔された。

「綺麗な足っすよねえ。膝とかちっちゃくてすげえ可愛い」
「は?」

何を言い出すんだこいつは、と自分の膝を見下ろしてみたが、そこにはたいして特徴のないただの膝があるだけだった。
可愛いもくそもない、膝はただの膝であってそれ以上の何物でもない。

「何言ってんのお前」
「え、可愛くないっすか? なんつうか、つるんとしてて」

不思議そうな言葉と共に、つるりと膝を撫でられた。
そのまま包みこむようにくるくると撫でさすられ、だんだんと妙な気持ちになる。
黙ったまま視線を逸らすと、視界の端で芳夫は口元を上げた。

「あれ、もしかして膝感じます?」
「……馬鹿だろ、お前」
「はは、何でですか」

何が面白いんだか、芳夫は大口を開けて楽しそうに笑った。そして突然手を伸ばしてくると、俺を力強く引き寄せた。
抵抗する間もない早業に、そのまま捕獲されてしまう。
途中でくるりと向きを変えさせられ、気がつけば背中側から抱きしめられるような格好で芳夫の腕の中に収まってしまっていた。

「ほら、足開いて?」

敬語が消えるのは、芳夫がそういうことをしたがっている合図だった。
一体何に反応したのか、驚いて首を捻り見上げれば、すかさず唇が重ねられた。
下唇を食まれ、舌を吸われる。
顎を押さえられ抵抗できないまま、気づくと膝裏を芳夫の足に引っかけられて浴槽の幅ぎりぎりまで足を開かされていた。
湯から飛び出た膝は、相変わらずしつこく撫で回されている。

「芳夫、のぼせるって……」

芳夫のキスはやけにエロい。
だからいつもキスだけでも体温が上がってしまう気がするのに、風呂に浸かっている今は尚更熱かった。
それなのに、力の抜けてしまった体では芳夫の腕から逃げ出せない。

「ん、じゃあのぼせそうになったらやめるから」
「だからもうのぼせそうなんだって、……っ!」

びくんと肩が震えてしまったのは、胸元に痺れるような甘ったるい刺激が走ったからだった。
見下ろせば、長い指が俺の乳首を挟むように摘み、器用に動いている。

「……っ、あ……」

一緒に風呂に入ろうと誘われた時に、中では何もしないという約束を取り付けたはずだ。
だから抗議しようと振り返ったが、言葉にはならなかった。
指先に翻弄され口を塞いだ俺を見下ろし、芳夫は目を細めて笑う。

「かーわい。もう勃っちゃってる」
「うるせ、っ、ん……!」
「乳首気持ちい?」

耳元に落とされた囁きは、ねっとりと甘ったるかった。
鼓膜を直接犯されるような感覚に身体が震える。
思わず目を閉じると、耳をしゃぶられる感触をやけに鋭敏に感じてしまう。

「あっ……、芳夫……」

仕方なく目を開けると、開かされた足の間は既に上向き始めていた。
入浴剤を入れなかったことを後悔したが今更遅い。
透明な湯の中で形を変えたそれは、きっと芳夫の目にも入っているだろう。
羞恥に情けなく眉を下げれば、不意に尻の辺りに固いものが押し当てられた。

「……入れたいなあ」

同時に、穏やかでない独り言が風呂場に響いた。
ふるふると首を横に振るが、あやすように頭を撫でられ後頭部に音を立てて唇を落とされる。
抗ってはみても結局俺はまた流されるのだろう。
予想した未来と握りこまれた下半身に与えられる快感に、目頭が熱くなる。

おずおずと振り返ると、芳夫はひどく優しい目で俺を見ていた。
唇を押し当て、舌を差し出す。
体の向きを変え、向かい合う態勢で芳夫の太腿に乗り上げ首に手を回すと、芳夫の舌は俺に応え口内に潜りこんできた。
腰を抱き寄せられ、背中を撫でられる。
そのまま背骨に沿って湯の中に沈んだ芳夫の指は、まだ堅くすぼまっている部分を軽くつついた。

「あ……」
「触ってほしい?」
「待っ、ローションねえし、外で」
「ちょっとだけ。ね?」

浴槽の外に左手を伸ばした芳夫は、水色のボトルを引き寄せた。
手探りでポンプを押し指先に拾うのは、どろりとしたコンディショナー。
沁みないだろうかとちらりと思ったが、立てた膝に腰を浮かせられ湯の外に尻を持ち上げられるとそれどころではなくなった。
自分では見えないが、おそらくみっともない態勢だと思う。
反った腰、そして持ち上げられた尻を、右手で優しく撫でさすられる。
長い指に尻たぶを分けられ思わず息をつめると、ぬるりとした液体をそこに塗りこまれた。

「ん……、んっ……」

上がりそうになる声を、唇を噛んで耐える。
部屋ならまだしも、ここはただでさえ声の響く風呂場だ。
しかもここは芳夫の部屋であって、さっきは誰もいなかったがいつ同室者が帰ってくるかも分からない。

「一ノ瀬さん、声出して」
「バカ、無理だって……」
「大丈夫だよ。俺一ノ瀬さんのやらしい声聞きたいなあ」
「……っ」

甘えるような口調だが、口元は意地悪くつりあげられている。
ねだれば俺が陥落すると知っているのだ。
普段はともかく、こういう時のこいつは大分タチが悪い。
黙ったまま睨むと、芳夫は笑いながら俺の口に指を差し込んできた。
唇の内側をくるりとなぞられ、2本になった指で歯列を割られる。
その瞬間、後ろにも指が挿入された。

「あ、あっ」

閉じられなくなった口から、呆気なく声がもれた。
濡れた感触を纏った左手の指は、何の痛みもなく奥まで滑りこんでくる。
一瞬で性感帯を探り当てられそこを押されると、もう声を我慢することはできなかった。

「ふ、あ、あっ、やめ、あ、うあっ……!」

ぽちゃんと水の滴る音と、俺の情けない喘ぎ声。
風呂場の壁は、どちらも同等に増幅させる。

「あ……っ、あ、あっ」

口内に居座る指に噛み付こうとしたが、顎には力が入らなかった。
それどころか全身が脱力し、俺を抱きかかえている引き締まった体に体重を預けてしまう。
芳夫に抱かれるといつも俺は、自分がとても弱く頼りない存在になってしまったような気がする。

「ん……う、あっ」

俺の下で芳夫が身じろぎ、微妙に態勢を変えた。
体内をかき回す指は2本になり、右手は口から抜かれて俺の体を撫で回す。
それをいいことに目の前の肩に顔をうずめると、すかさず後頭部を掴まれて顔を上げさせられた。

「声出せって」

乱暴になった口調は興奮の証だ。
芳夫が俺で興奮している。
その事実に俺も興奮する。

「あ、んあっ、ふ、あっ」

突然体内が熱くなり、腰が跳ねた。
増えた指と同時に湯が入ってきてしまったらしい。
中が熱い、と訴えると、芳夫は俺の鎖骨をかじりながら笑った。

「熱いの? 感じすぎて?」
「違っ、あ、お湯が、っ」
「ああ、入っちゃった? 何、お湯でも感じる?」
「ばか、違う、う、あぁ」

人肌とは違う熱に、脳の回線が途切れてしまったような気がした。
もう意味のある言葉を発することはできない。すがりついて喘ぐことしか。

「入れていい?」
「ん、んっ、あっ」
「なあ、どうすんの。欲しい? コレ」

気がついたら、体内をかき回していた指はいつの間にか抜け落ちていた。
刺激を求めてひくつくそこを指先で左右に開かれ、露わになった粘膜に熱い固まりが押し付けられる。
必死に頷いたが、それだけでは芳夫は満足しなかったらしい。
芳夫はいつも、俺にきちんと言葉で求めることを強いる。

「……欲し、い。早く……」

躊躇いや恥じらいは、快感への期待の前に敗北してしまう。
長い逡巡の後蚊の鳴くような声で懇願すれば、ご褒美のように頭を撫でられながらゆっくりと中を穿たれた。
焦らされた後の快感は、俺の理性を根こそぎ崩壊させる。
爪が白くなるほど強くしがみついて震える俺を見上げ、芳夫は満足気に吐息をもらした。





もう無理、暑い、死ぬ。
突き上げの最中に息も絶え絶えに訴えると、芳夫は俺を抱き上げ立ち上がった。
体内に埋まっていた物が抜かれてぽっかり空いた穴から熱い湯が滴り落ち、排泄してしまったかのような羞恥を感じる。

乱暴に風呂場のドアを開けた芳夫は、うって変わって壊れ物を扱うような手付きで脱衣所に俺を寝かせた。
背中にバスマットの柔らかな感触。
手をついて体をひねり起き上がろうとすると、けれどすかさず後ろから体内を穿たれた。
奥まで一息に突き上げられた衝撃で、体を支えようとしていた腕はがくんと崩れる。
四つん這いで蹲る俺の背中にバスタオルを被せ、芳夫はやはり優しい手つきで俺の体を拭った。

ここまで来たらせめて部屋まで待てないのだろうか。
そう思ったが、しかしそれだけ求められていると思うと嬉しくもある。
わしゃわしゃと俺の髪を拭いた芳夫は、そのまま腰を打ち付けてきた。

「あ、あっ、待っ……!」

風呂場のように声は響かないが、その分共同スペースとの間には横開きの薄い扉一枚しかない。
薄く向こう側が透けて見える隙間に肝を冷やして芳夫を止めようとしたが、しかし抱きしめるように回された手に俺の動きは封じられた。
そのまま口の中に滑りこんでくる指に反射的に吸いつくけれど、どうやら芳夫は執拗に俺に声を出させたいらしい。
もし扉の向こうに誰かいたら。その誰かに俺のみっともない声が聞こえてしまったら。
羞恥と快感は紙一重だ。
ずくんと腰が動き、締め付けてしまった内壁で中にある堅い物の形をありありと感じる。

「ねえ、一ノ瀬さんさあ」

ふ、と息を詰めた芳夫は、俺の顎を掴んで振り返らせた。
滲みかけた視界に映る男は俺の眦に舌を這わせ、そして口元を引き上げる。

「恥ずかしいの好きでしょ。実はドMだよね?」

違う、と首を横に振る。
けれど顎を固定されているせいでほとんど首は動かなかった。
一瞬後、既に湿ったバスマットに頭を押さえつけられた。

「一ノ瀬さんの泣きそうな顔すげえ興奮する」

芳夫の髪から垂れた水滴が、ぽとんと背中に滴り落ちる。
そのかすかな感触にさえ体を震わせた瞬間、激しい律動が始まった。
腰を固定されてガツガツと奥まで突かれれば、何も考えられなくなるくらいの快感が襲いかかってくる。
理性も矜恃もプライドも全て剥がされ何もなくなった俺を、芳夫の腕だけが繋ぎ止めている。
あられもない泣き声が狭い脱衣所を埋め尽くし、喉がひりつくように痛んだ。

「一ノ瀬さん……っ、好き、すげえ好き……」

普段は歯の浮くような甘ったるい言葉を何も言わない芳夫は、この時だけ俺に真摯に愛を伝えてくる。
この瞬間さえあればもう他には何もいらないと思わせるような魔力がそこにはある。
貪るようなキスと、胸の奥を満たす甘い言葉。
幸せだ、と泣きそうになってしまう俺は、この瞬間正しい意味で芳夫の所有物になってしまうのだった。

しかし不意に、その幸せな空間に異音が紛れ込んできた。
近づいてくる足音と、機嫌の良さそうな口笛。
芳夫がぴたりと動きを止める。
息を殺しバスマットの縫い目を見つめる俺の耳に、無情にも目の前の扉が開かれる音が響いた。

「よーっす、芳夫ちゃんお盛んだねー。俺も混ぜてよー」

酔っているのだろうか、頭上から聞こえるその声は音量がやけに大きく、若干ろれつも回っていない。
出てけアホ、と背中から芳夫の低い声。
しかし牽制虚しく、脱衣所に入ってきた男は俺の前にしゃがみこんだ。

「ほっせー腰。ちょーエロくね?」
「出てけってマジで」
「ちょっとくらいいーじゃん。どこのかわい子ちゃん?」

浮かれた声で話しながら、男は俺の顎を掴んだ。
触るな、と芳夫がそれを振り払うべく手を伸ばす。
が、一瞬遅かった。
顔を上げさせられた俺の前には、金に近いベージュの髪をワックスで立てた、いかにも軽そうな雰囲気のそこそこ整った顔。
名前は分からないが、芳夫とツルんでいる所を見たことがある。
へらへらと笑っていたそいつは、俺と目が合うなりぽかんと目を丸くした。

「えっ! い、一ノ瀬さん!?」

こういう場面で、一体俺は何と言えばいいのだろうか。
盛大に舌打ちをした芳夫は固まった男の手を今度こそ払いのけ、返す手で俺の頭をバスマットに押し付けた。

「頼むから出てけって」
「えっ、マジ!? デキてんの? えっまさか強姦じゃねえよな!?」
「なわけねえだろうが! 正真正銘俺のだよ!」
「うっそ、えっ、うわ、すんませんお邪魔しました!」

おそらく酔いも醒めてしまったのだろう、頭を押さえつけられているので見えなかったが目の前で土下座よろしく頭を下げる気配があり、その後すぐに男はあたふたと姿を消した。
ぴしゃんと扉が閉まる音、そして玄関の扉を乱暴に開け閉めする音が遠くから届く。

「……」
「……」
「……一ノ瀬さん」
「……」
「すいません……」
「……」

死にたい、とうな垂れると、芳夫は背中に覆いかぶさってきた。
小さなため息が背筋を擽る。

「俺、ずっと一ノ瀬さんのこと皆に見せびらかして自慢したいと思ってたんです」
「……自慢になんねえだろ、別に」

他人の乱入で、それまでの興奮は互いに冷めていた。
萎えたものを引き抜かれ、体をひっくり返されて正面から抱きしめられる。
濡れたままだった芳夫の体がぺたりと胸に張り付いた。

「一ノ瀬さん普段はかっけえのに、俺といる時はエロエロで可愛いから。見せびらかして、俺のって自慢して牽制してえって」
「……」

その言葉のチョイスはどうなんだ、と思うと同時に、衆人環視で犯される自分を想像して少しげんなりする。
けれど芳夫は、再びため息をついてしょんぼりとうな垂れた。

「でも駄目だ、全然。やっぱり誰にも見せたくなかったです。むしろどっかに閉じこめて監禁しときたい」
「……」

今度は、監禁され芳夫の物になった自分を想像した。
ごくりと喉が鳴った。
現実味は全くない。けれど少し興奮した。

「ごめんなさい。ちゃんと部屋に鍵かけてヤれば良かった」
「……ん」
「好きなんです……嫌いになんないで……」

セックスの時は人が変わったように『男』の顔をするくせに、以前と変わらず可愛い後輩であることもやめようとはしない。
俺がそのギャップに弱いことを、芳夫は知っているのだろうか。

「なんねえよ」
「一ノ瀬さん……」

不安げな顔が可愛かった。
ぽん、と頭を撫でると、期待と不安をない交ぜにしたような複雑な表情で眉を下げる。

「ちゃんと好きだから。お前になら何されたって嫌いになんかならねえから」
「……すげえ殺し文句っすね」

茶化すなよ、と睨むと、芳夫は照れたようにはにかんだ。
可愛いなあ、としみじみ思う。
俺は本当に、きっとどんな酷いことをされても芳夫のことを好きでい続けてしまうのだろう。

「俺もすげえ好きだよ。一ノ瀬さん」

こつんと額を合わされ、優しく唇を吸われた。
舌を絡め返し、芳夫の首に両腕を回す。

「部屋連れてけよ。もう一回して」

素直に甘えた俺を抱き上げ、芳夫は嬉しそうに笑った。

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