▼ 04

週明けの夜。また少し遅い時間に連絡が来たと思ったら、出迎えてくれた先輩は明らかに疲れたような顔をしていた。玄関先でそのまま抱きしめられ、疲れてますかと尋ねると、肩のあたりに小さなため息がふってきた。

「うん、まあちょっと……顔に出てる?」
「忙しいんですか? 大変ですね」
「でも宏樹に会うとほっとするなあ」

背中を撫でると、顔を上げた先輩は「映画見よう」と俺の手を引いた。
体育祭前の時と同じく、多分仕事を忘れて気分転換がしたいのだろう。だからソファーで背後から抱き込まれるような覚えのある体勢にも深く突っ込まずに大人しく付き合おうと思ったのだが、映画が始まって少ししてから先輩は珍しくぽつぽつと話し始めた。

「今日咲本がやたらピリピリしててさ、あの2年の小っちゃい方」
「ああ、あの人」
「まあ疲れてるんだろうけど、皆。で、北条ってもう1人の2年と大喧嘩して、あいつら基本的には仲いいんだけど昔から喧嘩すると殴り合いになるし長引くから大変で」
「へえ……」

その2人とは先輩と付き合いだす前に一度慎二さんの部屋で顔を合わせたことがあるが、そんなバイオレンスな人達には見えなかった気がする。意外だなと思いつつも、しかしろくな返事ができなかったのは、話しながらも先輩の手が俺の服の中で不穏な動きを始めていたからだった。俺の胸元を滑った先輩の指先が、弱い所を的確に探り当てる。前のように気分転換したいわけではなくやっぱり話がしたいのかなとも思ったのだが、今日の先輩はどうやら同時進行したいらしい。
一方の俺がその同時進行に対応できるかというとそんな自信は全くなかったが、

「西園寺も西園寺で機嫌悪くて」
「ん……」
「なんか高槻ともめてるらしいんだけど」
「え……?」

それでも思わず振り返ってしまったのは、さっき会ったばかりの慎二さんはそんなことは何も言っていなかったからだ。
先輩達の仕事が終わるまでは基本的には毎日安田と3人勉強するようになったのだが、今日も別に普通だった気がする。少なくとも喧嘩しただの揉めているだのという話は聞いたことがなかった。
ただまあ何かあってもいちいち俺達に話すとは限らないのでそういうことかなとも思ったのだが、

「別に喧嘩とかじゃないらしいけど、隠し事されてる気がするって」
「隠し事?」
「詳しくは知らないけど、なんかこそこそしてたりそわそわしてたり」
「こそこそ……」
「あと放課後なかなか連絡つかないとか」
「あー……」
「もしかして浮気とかしてたらどうしようって、宏樹何か知ってる?」

完全に濡れ衣というか、西園寺さんの考えすぎだった。
こそこそそわそわしているのはともかく、放課後連絡がつかないのはどう考えても俺達との勉強会のせいだろう。というのはあまりにも慎二さんの集中力がなさすぎてすぐにあっちこっちへ気が逸れてしまうので、もっと頑張れとりあえず携帯はどっかしまっとけと発破をかけながらなんとか少しずつ勉強を進めている状態だったのだ。きっとそれが裏目に出てしまったのだろう。
だから何か知っているかと言われれば知っているのだったが、それを正直に説明するのも躊躇うところではあった。なにせ本人が秘密にしたがっているので。
とはいえそれで先輩に影響が及んでいるのであれば、何も知らないとシラを切るわけにもいかなかった。

「いや、浮気はしてないと思うんですけど」
「だよなあ、あいつの気にしすぎだよな」
「それに放課後は大体一緒にいるので、多分そんな暇もないと、……っ」
「え、そうなの?」

どこまで話そうか迷いつつ当たり障りのなさそうな説明を始めるが、先輩の両手に不意に力がこもったのでそれどころではなくなってしまった。

「あの、別にやましいことはなくて、……」
「うん、2人で遊んでるの?」
「ちが、安田も、……っ、待って」

今度こそ体をひねって振り返る。喋るか触るかどっちかにしてください、と頼むと、先輩はふと口元を緩め、微笑んだ。

「ごめん、可愛いからつい。喋るのは後にしようか」
「あ……」
「気持ちいい?」
「ん……」

先輩とこういうことをする関係になってしばらく経つが、回数を重ねる毎に慣れるどころかどんどん自分の体が敏感になってきてしまっているような気がする。
今回もまた服を脱がされたわけでもなく、Tシャツの上から撫でられたりつままれたり擦られたりしているだけだというのに、正直もう切羽詰まった状態に追い詰められしまっているのだった。
さすがにそこだけでどうこうということは通常ないだろうとは思っていたのだが、俺が想定していなかっただけでもしかしてあり得ることなのだろうか。いやそれにしたってまさか、という思いが強いのだが、俺の耳に口元を寄せた先輩は、そっと囁いた。

「乳首だけでイけそう?」
「ふ、……分かんな、っ、けど、そんな……」
「うん、大丈夫」
「っ、待ってだめ、あ、あ……っ」

左耳の同じ場所、ようやく開けたばかりのピアスに優しく唇を押し当てられた瞬間だった。
ずっと胸元に蓄積していた快感が、一気に全身に回ってしまったような感じだった。
思わず目を閉じて、しかし乳首も耳も余計に敏感になってしまう気がして堪らず目を開けて、でもそうすると服の中で俺を触る先輩の手が見えてしまってまた慌てて目を閉じる。
身をよじろうとするが、俺を抱きしめるように拘束する先輩の手も足もびくともしない。
力負けするのは分かってはいたので完全に無駄な抵抗だったのが、むしろ力で敵わない人に強引にいいようにされているという状況になおさら興奮が上乗せされてしまうという少々良くない展開になってしまった。

「待って、本当に、ヤバいから……」
「いいよ、好きな時にイって」
「ふ、っ、だめ、あ、ーーーっ!」

できれば一生気がつきたくない癖だったのだがそれはともかく、優しく引っかかれてじんじんするくらいに甘い快感が溜まった先端を摘まれた瞬間、もうごまかしきれないくらいに体が跳ねて、下着がじわりと濡れる感触がした。
思わず呆然と見上げると、俺を見下ろした先輩は目を細めて唇の端になだめるようなキスを一つくれた。

「すごいな、本当にイけたね」
「嘘だ……本当に……?」
「大丈夫? 疲れた?」
「ん、……」

いつもとは違う、というかいつもにも増して妙なだるさがあるような気がする。
ぐったりしたままソファーに寝そべると、先輩の手はすんなり離れてくれた。
髪を撫でてくれた手が、そのまま耳たぶのピアスをそっと撫でる。

「やっぱりいいな、これ。俺のって感じがする」
「うん……」

俺も同じ気持ちだった。
元哉さんのですよ、と囁くと、嬉しそうな微笑みが返ってくる。
先輩の左耳にも同じように光っているピアスを見て、なんというか所有欲というか独占欲が満たされる気がして、そんな自分を自分で重すぎると思うのに、同じ気持ちをぶつけられると重いどころか嬉しくなって余計に満たされてしまうのが不思議だった。
手を伸ばして顔を引き寄せ、それから少し身を乗り出して耳元に唇を寄せると、先輩は「くすぐったい」と笑って首をすくめた。

「耳? くすぐったいんですか?」
「うん、ふふ、ちょっと待って」

逃げるように身をよじる先輩がかわいかったので、つい悪戯心がわいて舌で追いかけてしまった。

「本当にくすぐったいだけ?」
「本当本当」
「でも」

直接的なことを口に出す勇気はまだないのだが密着した先輩の体が反応を始めているのはよく分かって、しかし俺が何を言いたいのか察したのだろう、先輩は小さく笑って俺の頬を両手で挟んだ。

「それは宏樹がかわいかったから」
「……本当にそれだけ?」
「そうだよ。だからキスならこっちにして」

そのまま顔を引き寄せられ、唇が重なる。柔らかい唇と舌の感触、それから少し苦くて甘いコーヒーの味。
重くないような、けれど逃げられないような絶妙な力加減で俺に覆いかぶさった先輩は、キスを深めながら仕返しとばかりに俺の耳を指先でくすぐった。
今度はまた俺が身をよじって逃げ出そうとする番だったが、ただくすぐったいだけと言っていた先輩とは理由が違うのがさらに問題だった。

「あの、待って耳はちょっと今……」
「ん、気持ちいい?」
「っ、あ……」

思わず顔をそむけるが、しかし全くの逆効果だった。耳の外も内側も舌先でくすぐられ、近くで直接聞こえる水音に体がぎゅっと締め付けられるように熱くなってしまう。
自分の口を押さえようとした右手も、先輩に抵抗しようとした左手も、まとめて押さえられてしまい、たまらず声を上げてしまった。

「な、なんか」
「ん?」
「俺ばっかり、っ、ん、や、やだっていうか、」
「うん、どこもかしこも気持ちよくなっちゃってかわいいな」
「ちが、あ……っ!」

いつの間にかTシャツの中に入りこんできていた先輩の手が、俺の腹を滑る。
また上の方へ向かっていくその手にさすがに慌てて身をよじって、気持ちいいわけじゃなくて、と強がりを言うと、先輩はどこか楽しげに口元を引き上げた。

「本当に? 気持ちよくないの?」
「っ……」
「耳も? 乳首も?」

すり、と一瞬、臍のあたりをそっと撫でる指先に体が跳ねる。俺を見下ろす先輩の、意地悪で優しい視線に体の奥がうずく。

「あの……」
「うん」
「……」

完全に形勢逆転だった。
先輩に見つめられればもう嘘はつけなくて、観念した俺はそっと、先輩に触られたらどこもかしこも気持ちいいですと白状するのだった。

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