▼ 03

文化祭が近づくにつれ、先輩はまた徐々に忙しくなっていって、帰りが遅くなったり休日に登校したりすることも増えてきた。
その日も土曜の夜に泊まって、日曜は仕事があるというので早朝に自分の部屋に帰ってきた時のこと。開けようとした部屋の玄関扉は反対に室内から開き、中から早朝の眠気と戦う俺とは正反対にやたらと爽やかな顔をした上野が出てきた。

「あれ、大谷じゃん。なんだよ、朝帰り?」
「うん、まあ、上野こそ……」

部活にでも行くのだろうか、ジャージにダウンを羽織りスポーツバッグを持って出てきた上野は休日の朝とは思えないような明るい笑顔を見せたが、いかんせん出会った時間と場所が問題だった。
なぜ俺の部屋から出てくるのだろうか。もちろん不在の俺を訪ねてきたわけはないので小島と会っていたのだろうが、それにしてもなぜこんな朝早くに。ということは上野こそ朝帰りなのか、つまり小島と?
なんて一瞬で色々考えをめぐらせていたところ、上野ははっとしたように手を振った。

「あっいやいや違う! 泊まったわけじゃないから!」
「別に泊まってたっていいんだけど……」
「本当に違うんだって! 漫画返しにきただけ!」
「漫画? 小島に?」
「そう、俺が読みたかったやつ持ってるっつうから借りて、で小島くん朝早いって言うから部活前に返しに来て」
「ああ、そうなんだ」
「だから何もやましい気持ちはないから!」
「ないの?」
「ない! いやないっつうか、会えて嬉しいみたいなのはあるけど別にあわよくばみたいな考えがあるわけではなくて、まあ正直皆無かと言われればそういうわけではないけど……」
「そこまで正直になんなくても」

思わず笑ってしまうと、上野は「あー……」と呟いてうなだれた。

「つうかさあ、ちょっと聞いてほしいんだけど……」
「いいけど部活だろ。時間大丈夫?」
「ああ、うん、そうだなもう行かないと」
「じゃあ途中まで一緒行こうか」
「マジ? 悪いな」

本当はもうひと眠りしようかとも思っていたが別に急ぎの予定があるわけでもないし、たまには散歩も悪くないだろう。そう思って進路を変更しまた廊下を歩きだすと、道中上野はどこか気まずそうな顔で口を開いた。

「あのさあ、正直どう思う? ちょっとでも可能性あると思う?」
「小島のこと?」
「そう。俺が告ったとしてさあ、まあ彼氏いるのがまず問題なんだけど一旦そこは置いといて」
「置いとくなよ。大問題だろ」
「でもどう考えても浮気してんじゃん。そういう隙につけこむっつったらアレだけど、相談とか乗ってるうちにってのはよくある話だろ」
「へえ」

いかんせん恋愛経験に乏しいので何とも言えなかったのだが、上野は真面目くさった顔で頷いた。

「うん、まあそれが男相手にも当てはまるのかは分かんないけど。だからとりあえず彼氏のことは一旦置いとくとして、俺自身がどうかって話。チャンスあると思う?」
「うーん……」

思い出したのは、この前の採寸の時に小島と話した内容だった。つまり小島の好みが上野と真逆という話だ。きっぱり上野は好みではないと言っていたが、はたしてそれを本人に伝えてもいいものだろうか。

「あー、まあ、どうかな……」

だが無責任にがんばれと言うのもどうかと思って悩んでいると、上野は突然立ち止まり俺の両肩を掴んだ。

「何、何か知ってんなら教えてよ」
「……本当に聞きたい? 小島の好みのタイプの話なんだけど」
「聞きたい!」
「じゃあまあ、なんか、ええと何つってたかな。一見冷たそうなんだけど優しくて、でも実はやっぱり冷たいみたいな」
「は? 実は優しいんじゃないの?」
「好きなタイプっつうか、結果的にそういう男を好きになっちゃうって言ってた。で、見た目は細くて不健康そうで暗そうな感じの」
「え? 何それそんな男が好きなの? 俺と真逆じゃん」
「そうだな、残念ながら」
「彼氏もそんな感じなの? 見たことある?」
「うん、まあそうかも。別に暗そうではなかった気がするけど」
「マジかー……」

口をとがらせた上野は、いかつい肩をしゅんと落とす。
なんだかかわいそうになってしまったので、あまり楽観的なことを言って期待を持たせるのもどうかと思いつつも、つい慰めモードに入ってしまった。

「でもまあ多分、絶対無理ってわけじゃないんじゃないの。必ずしも好きなタイプの人を好きになるわけじゃないだろ」
「そう? 俺好きになるのいつも同じようなタイプなんだけど」
「へえ。どんな?」
「小っちゃくて可愛い子」
「つっても上野に比べたら大体皆小っちゃいだろ。女の子なら特に」
「まあそうだけどさ。じゃあ大谷は? 彼氏好きなタイプじゃないの?」
「俺は別にそもそもどういうタイプが好きとかないし」
「そうなんだ。誰でもいい的な? 節操ない感じ?」
「ちげーよ」
「というか大谷の彼氏どんな人なの?」
「あー……」
「まだ黙秘か。水くせえなあ」

いつもの癖で適当に濁して逃げようかとも思ったのだが、しかしある意味いい機会なのかもしれないとも思った。
つまり、この前安田に話してしまったので、ついでと言ってはなんだが上野にも話しておくのが筋かもしれないと思っていた件だ。

「……あのさあ、上野口かたい?」
「え、教えてくれんの? マジ?」
「いや実はこの前色々あって安田にバレちゃって、なんか上野にだけ言わないってのもあれかなと思ったんだけど、でも誰にも言わないでほしいんだけど」
「マジか。大丈夫、俺口のかたさには定評がある男だから。安心してどんと来い」
「本当かよ。なんか軽いんだけど」
「大丈夫だって。でもそんなバレちゃいけない相手なの? もしや先生とか?」
「そういうわけじゃないけど」

寮を抜けてから部活棟までの道のりは人通りが多いわけではないが、それでも部活に向かうらしい人の姿がないわけではない。万が一人に聞かれてしまっては事だし、安田の時のように嘘だのドッキリだのというやり取りを繰り返すのも面倒だったので、今度は初手から写真を見せることにした。「これ」と携帯ごと渡すと、上野は目を輝かせながら画面を覗き込み、

「どれどれ、うわ、本当だめちゃくちゃイケメン……、……え!?」

ぴたりと足を止めて俺を見た。

「マジで!? えっだって、これ会、」
「おい言うな!」

今回ばかりは自分の反射神経を褒めたくなった。
すんでのところで上野の口を押さえると目を真ん丸に見開いた上野はこくこくと頷いた。
それを見届け、そっと手を離す。

「……いや、ごめん。でも本当に?」
「うん、一応」
「マジかー……あー納得、そりゃ隠すか。バレたら命が危ねえよ」
「うんまあ……」
「え、他に誰が知ってんの?」
「小島と安田と、あと慎二さんと」
「ああ、転入生の人だっけ?」
「そう。あとは先輩が誰に言ってんのかは知らないけど……あー、あの人達は多分、同じあの」

生徒会の、という単語を出すのは躊躇ったが、幸い上野は察してくれたらしい。なるほど、と頷いた。

「いやー……そうか、でもあの人なら確かにタイプ云々を超越してる気がするな」
「まあ、うーん」
「そうかー……あの人に抱かれてんのか、すげーな……」
「やめろそれ」

思わず睨むと上野はごめんごめんと笑う。
さっさと話を変えようと思って、そもそも本題は全く別にあったことを思い出した。

「つうか悪い、俺の話じゃなかったな。上野の話聞きにきたのに」
「いやどうでもいいわ俺の話なんか」
「どうでもよくないだろ。そっちが本題だし」
「そうだけど、でもやっぱ無理そうかなあ」
「うーん、どうだろ、全然分かんないけど」

校舎前までたどり着いたところで、上野はここでいいよと片手を上げ、それから「あ」と振り返った。

「一応確認なんだけどさあ、もし万が一うまくいったとしても大谷的には別に問題ない?」
「うん、まあ友達同士がそういう関係になったら若干気まずくなくはないけど。あんま深くは考えたくないっつうか」
「そりゃそうか。けどそんだけ? 別に小島くんと何もない?」
「あるわけねーだろ」
「まあそうか、あんだけイケメンの彼氏がいるんだもんなあ」
「俺の話はもういいから忘れて」
「それはさすがに無理だけど、じゃあいいか。適当にダメ元でがんばってみるわ」

そう言って走って行った上野を見送り、さて今度こそ寝直すかと一人きびすを返したのだった。

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