▼ 02

抵抗の隙もなく女装することになってしまった俺に次に待っていたのは、手芸部だという人達による採寸だった。金髪で両耳に無数のピアスがついたチャラチャラした見た目の如月くんと、反対に実は柔道部だか剣道部だかと言われても不思議はないくらい体格が良く無骨そうな熊井くんというなんだか異色のコンビだったのだが、さすがに採寸の手際はものすごく良く、慣れた手つきでメジャーや布を当てる二人の目は真剣そのものだった。

「大谷くん足がキレイだから出したいなー。スカート丈このくらい短くして」
「……短すぎない? さすがに恥ずかしいんだけど」
「そう? じゃあタイツかなんか履いて、ああでももったいねーな。ニーハイで太ももちょっと出す?」
「でも鎖骨も綺麗だな。足隠して胸元を肩のあたりまで開けるのもいいんじゃないか」
「あーそうね、でもそっち出すとこれが見えちゃうよね。体育祭の時湿布貼ってんなあとは思ってたけど下こんなんなってたんだ」
「あー……」

もう体育祭も終わったし今日は体育の授業もないので完全に油断していた。
例の噛み痕はさすがに薄れてきたのだが、週末に新たについた痕も、二人にはうっかりそのまま見られてしまったのだった。

「それは彼氏にしばらく我慢してもらえばいいんじゃないのか」
「まーそうだけど、でもそもそも肌出しても大丈夫? 彼氏独占欲強いタイプでしょ、怒られない?」
「それはまあ、全然、多分……」
「でもそうか、少なくとも痕ついてる所は出さない方がいいかもしれないな。執着強い部分なのかもしれないし」
「いやそんなことは……」
「あーそうね、じゃあ足だけ出して首元はがっつり隠すのも逆にエロくていいかもね」
「そうだな。それなら上は長袖でハイネックにして」

さすがに会話の内容的に俺は一人気まずさの極致という感じだったが、スケッチブックを広げて何やら絵を描きだしながら話し合う二人はなんだか職人然としていて素直に感心してしまった。
とはいえできあがった絵はやたらとスカートが短くて若干不安になったのだが、これ以上口を挟む隙はなさそうだった。

「ちょっと手首も出すか」
「だね。大谷くん骨がキレイだよねえ」
「じゃあバランス的に小島は逆に肩と腕出してスカート長めにするかな。どうせ当日も二人セットでいるだろうし」
「でも小島もキスマヤバくない? ってかもしかして二人が付き合ってんの?」
「そんなわけないじゃん。何で僕と大谷が付き合うの」

と口を挟んできたのは、先に採寸を終えて隣の席にいた小島だった。
不服そうな小島の顔を見て、如月くんが笑う。

「違うんだ。仲いいからさあ、もしかしてデキてんのかなって」
「ないない。絶対ない」
「でもそう思ってる人結構いると思うけど」
「ほんとに? 不本意だなあ、その誤解」
「小島の彼氏はガマンしてくれるタイプ? つうか彼氏誰?」
「全然余裕。親衛隊の先輩だけど」
「あ、そーなの。普通の人?」
「まあ普通……? いや普通ってどういう意味で?」
「だって前大物と付き合ってなかったっけ、ほらあの」
「あーやだその話」

大物って何だ、と思わず視線を向けると、小島は盛大に嫌そうな顔をして如月くんの言葉を遮ってしまった。

「転入生の話の次にやだ」
「転入生? そっか、小島副会長のとこだっけ」
「そうそう。僕らの最大の敵」
「ハハ、そっか。そうだよなあ。でもいいなー、彼氏と仲良くやってんだ」

若干気になった話題はするりと流れてしまったが、変わった話題にも小島は渋い顔のまま首を振った。

「良くないよ。もう風前の灯火」
「でも昨日も彼氏泊まりに来てなかったっけ」

今度こそ思わず口をはさんでしまうと、小島はますます顔をしかめた。

「そうなんだけどさ、途中めちゃくちゃ電話来ててさあ」
「うわ」
「しかも相手知り合いなんだよね。あっちも西園寺様の親衛隊でさ」
「爛れてんなあ」
「絶対僕への牽制だよ、あれ。もう面倒くさくなっちゃった。別れようかなあ」
「そうしろ。一刻も早く」
「でもいざ別れるってなるとそれもなんかさあ、寂しいし……」
「やたらモテてるんだろ、すぐ次見つかるんじゃないの」
「モテてんじゃないよ。変な目で見られてるだけ。ねえ誰かいい人知らない?」

そう言われても生憎交友範囲の狭い俺ではあるが、幸い一人だけ心当たりがないでもなかった。

「上野は? 小島のことかわいいって言ってたよ」
「上野くん? あー……」
「好みじゃない?」
「まあ、うん、そうだね。いい人なんだけど」
「つうか小島の好みってどんなの?」

ということはラインの対応云々は脈の有無とは別に関係なく、単に俺への対応が雑だっただけということか。それはまあどうでもいいので置いておくとして、しかし小島の好みがどうこうという話は聞いたことがなかったなと思いながら話を振ると、小島はうーんと考え込んだ。

「まあ西園寺様とか安田くんみたいな感じが遠くから見てる分には好きなんだけど」
「あ、そうか。あの二人か」
「でも実際好きになるのは違うタイプなんだよね」
「どんな?」
「なんかこう、一見冷たそうででも仲良くなると優しいんだけど、でも実際はやっぱり冷たいみたいな」
「は? 根は優しいんじゃなくて?」
「うん、根はクズみたいな」
「いや意味わかんねーよ。何でそんなのが好きなの?」

聞き間違いかはたまた冗談かとも思ったが、小島はいたって真面目な顔をしていた。
そうなるとますます意味が分からないが、小島も「何でかな」と肩をすくめた。

「自分でも分かってんだけど。それが諸悪の根源だって」
「本当だよ。だから変なのに引っかかるんじゃないの」
「でも好きになっちゃうんだから仕方ないじゃん」
「まあそうだけど、それにしたって趣味悪すぎだろ。上野にしとけよ」
「いやーでもさあ、ああいう爽やかスポーツマンタイプってあまりにも真逆というか、もっと不健康そうで細くて根暗そうな人がいいんだけど。そんな友達いないの?」
「いない」

首を振ると、小島は「いない?」とずっと黙ったままスケッチブックにペンを走らせていた熊井くんと、その隣で時々口を挟んでいた如月くんに話を振った。顔を上げた熊井くんは苦笑いで首を振ったが、如月くんは目を細めて唇の端を上げた。

「俺にしとく?」
「えー如月かあ。浮気するタイプ?」
「するする。ガンガンするよ」
「するのかよ。じゃあやめとく」
「ええ? クズが好きなんでしょ?」
「違うって。結果的にクズを好きになっちゃうだけで積極的に好きなわけじゃなくて、浮気もされたくないんだけど」
「じゃあしないよ。本当は一途な男だから俺」
「本当に? なんか適当だな」
「まあ考えといてよ、小島ならいつでも大歓迎」
「ハハ、軽いなあ」

苦笑いした小島は、不意に身を乗り出すと熊井くんのスケッチブックをのぞきこんだ。

「それ僕用? 肩出すぎじゃない?」
「似合うと思う。でもキスマークはない方がいいな」
「了解。言っとくね」

頷いた小島は、「じゃあよろしく」と笑ってふらっとどこかへ行ってしまった。
その背中を視線で追った如月くんが「可愛いよなあ」と呟く。

「絶対小悪魔タイプだよな、あれ」
「小悪魔?」
「振り回されたいよなあ。な?」

同意を求められても困ってしまうが、意外なのは熊井くんも「そうだな」と頷いたことだった。
今まで全く気がついていなかったが、どうやら小島は本当にモテる男らしい。

prev / next

[ back ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -