始めこそ、彼女が僕に抱く気持ちも、思春期によくある一種の勘違いだと思っていた。 憧れや背徳感なんかを多分に含んだ、甘い甘い夢のような現実。どうしようもなく心地よくて、夢見心地で、抜け出せない。 それがある日突然認識してしまった、彼女に向ける自身の熱っぽい視線によってようやく気付かされたのだ。胸の内で淡い恋心を持て余していたのは、自分の方だと。 「せんせ?」 「――…ッ、はい。なんでしょう」 飼い主にすり寄る猫のような甘やかな声が僕を引き戻して、柄にもなく取り乱してしまう。眼前に広がるのは見慣れた自室と、隣には同じようにベッドに腰掛けたナマエ。 こてん、と首をもたげた彼女が一瞬不思議そうに眉を寄せたが、すぐにいつもの笑顔を浮かべた。そんな些細な仕草でさえも脳にこびり付いてしまうものだから、僕は手の施しようもない。 「先生さ、いつも何考えてるか分からないよね」 「へ?」 「私といても、どこか違う世界で生きてるみたい」 「……そう、ですかね」 「うん」 それから、少しの沈黙。僕はまるで陸に打ち上げられた魚のように息が詰まって、はくはくと必死に酸素を求める。それでも口から漏れるのは、えっと、だとか、その、なんて意味を成さない言葉ばかり。 視線を泳がせている僕とは反対に、彼女のじいっとこちらを見つめるふたつの眼が、僕を捉えて離さなかった。 「私がこんなに先生のこと想ってるのに、あなたには伝わらないの」 「それは、ちがう」 「何が違うの?」 「ちがう。ちがうんだ」 「……そう」 ビー玉のようにきらきら輝いていた瞳が曇ったようにも見えたけれど、それもほんの一瞬で、自分の思い違いかと内心胸を撫で下ろす。 そして視線を落とした時、ふと気が付いてしまったのだ。綺麗に彩られた彼女の爪が、握り締められた拳に食い込んでいることに。 「ナマエ、」 しえみさんや神木さんのような、同年代の少女たちと違って大人びている子なのだと、勝手に思っていた。でも彼女だって何ら変わらない、背伸びをしてるだけの、ただの女の子なのだ。 そう思った途端、胸の内でごうごうと渦巻いていた何かが、すっと溶けて消えたような気がした。 「……奥村先生?」 本人も気付いてないのだろう、不安げに震える言葉も無視して、彼女の華奢な肩を押してシーツに縫い付ける。 上目がちに見上げる瞳には恐怖と期待と恍惚の混じった色が映っていて、ぞくぞくした。これで、いい。何も間違ってなどいないのだ。 「僕もずっと好きだったんだ。もう、我慢は終わりにしよう?」 さよならの合図 20111127 |