首無 | ナノ



そよそよと優しい風が二人の頬を撫でる。目の前に広がるたくさんの緑。小川のせせらぎに耳を傾ければ、心が洗われるようだ。


「気持ち良い」

『でしょ?』


いつも部屋の中に籠もりっぱなしの津軽にも、外の世界を教えてあげたかった。都会でも自然が溢れてる場所も、私が好きなここも、知って欲しかった。

きっと心の何処かでは、彼と何かを共有したい、そんな身勝手な気持ちもあっただろう。まあ、今となってはどうでも良いのだけれども。


「俺、」

『なに?』

「すっごく、幸せ」

『……そっか』


そう言って微笑んだ津軽の笑顔が眩しすぎて、思わず目を逸らす。ほんと心臓に悪い。

隣の彼は「ごめん、俺、なんかした?」なんて慌ててるけど、相変わらず天然だなぁなんて笑ってしまった。


「何笑ってんだよ」

『別に何でもないよ』

「うそつけ」

『うん、嘘だよ』


私がそう言うと、ちょっとだけ眉間にシワが寄った。どこまでも素直な彼は、それを象徴するかのように表情が豊かで、見ているだけで飽きない。


「なぁ、」

『津軽って可愛いよね』

「……はぁっ!?」

『うわあ。顔真っ赤』

「だって急に、か、可愛いとか言うからだろ…!」

『ごめんごめん』


ふと思い出した持ち主である平和島さんは正反対で、あまり笑ったところは見たことが無い。

とは言っても、彼と直接関わったことは指で数える程なので、あまり分からない。あくまで、私から見た限りは、ということになるが。


『で、何だっけ?今、何か言おうとしてたよね』

「あ、そう、えっと……」

『うん』

「俺には、まだ、難しいこととか分かんないけど」


決心したようにこちらに向き直った津軽と私の視線がかち合う。

真っ直ぐな瞳に捉えられれば、まるで私達の周りだけ世界ごと切り取られたような錯覚に陥る。それでも、息苦しいとは思わなかった。


「俺、なまえのこと、好き」

『それってどういう、』

「たぶんだけど、これが…恋、だと思う……」


もうすぐ、春がやってくる。








そよ風に揺らぐ紫煙

(この暖かな気持ち、)
(教えてくれたのは)
(間違いなく君だった) 



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