「ただいま帰りましたよーっと」 『おかえりなさい』 「ありがとねぇ。もうおいちゃんその笑顔だけで疲労回復しちゃいそう」 『それはそれは随分と幸せそうですね。あぁ、赤林さん。ちょっとサングラス貸していただけますか?』 「んー?良いよぉ」 手渡したそれは宙を舞ったかと思うと一瞬にして床と対面。パリン、という嫌な音を立てて砕け散った。もちろん彼女の足の下で。 そう、まるで俺の心のように粉々になってしまった。正確にいうと“彼女によって粉々にされた”のだが。 「なぁに怒ってんだい?」 『…………』 どうやら可愛い俺の部下は、かつて無い程までに機嫌が悪いようだ。 普段ならどこぞの四木さん宜しくポーカーフェイスを決め込んでいる彼女だが、全身から不機嫌オーラが滲み出ている。 「何かしちまったなら謝るからさ、せめて理由だけでも教えてくれない?」 出来る限り慎重に言葉を選ぶ。なるべく刺激しないよう。 こちらの雰囲気を感じたのか少しだけ眉間の皺を減らした彼女は、暫く悩むような仕草を見せた後ゆっくりと口を開いた。よし、ひとまず安心。 『……今日のお仕事、直ぐに帰ってこれたんじゃないですか』 「へ?」 『別に貴方がどこで油売ってようが鼻の下伸ばしてようが、私はこれっぽっちも!毛程も!興味はありません。ですが赤林さんがサボった分の書類やなんかは全部私に回ってくるんです!!』 もの凄い勢いで言い切った彼女は何故だか視線を合わせようとはしない。 だがしかし数秒後、いつにも増して調子の良い頭が導き出した推測に思わず口元が緩みそうになるのを押さえることで精一杯だった。 「そりゃ悪かったねぇ」 『何でそんな嬉しそうなんですか。私は腹を立てているんです』 「いやぁ、ごめんね。つい顔に出ちゃった」 今日の仕事は言ってしまえば単なる見回りのようなものだが、場所が悪かっただけということ。 まあ要するに、彼女は嫉妬してくれたわけだ。 「おいちゃんがキャバクラ行くの、そんなに嫌だったのかい?」 『ちっ、違います…!』 「大丈夫。心配しなくてもなまえちゃんしか見えてないよぉ」 『だから違うって、』 ぐい、と背後から腰を引いて自分よりいくらか小さな身体を腕に納めれば思いきり踵落としを喰らったが、そんな痛みは気にならなかった。 「耳、真っ赤だけど」 『っばか!!』 「素直じゃないねぇ」 髪から覗く赤 (その熱さえも愛おしい) |