首無 | ナノ



別れよう。その一言が言えなくてずるずると続けてきたこの関係も、気付けば半年が過ぎようとしていた。月日の流れというのは本当に早い。

そんなことをぼんやりと思いながら、ソファーに背を預ける。ふと見上げた蛍光灯は存外眩しくて、思わず目を細めた。


「何してるの?」

『……臨也、』

「ただいま」


今日もまた違う香を纏って帰ってきた彼に小さく溜息を漏らす。こんな日々が続いても尚、私は別れを切り出せずにいるのだから、実に滑稽な話だ。

こんな、恋人ごっこのようなことをいつまで続けるつもりなんだろうか。


「ねぇなまえ」

『どうしたの、急に』

「別れよっか」


言うなれば。それは実に軽快に、朗らかに、友人を食事に誘うような声だった。

それだけに対応が些か遅れる。けれども喉から漏れるのは、声とも言えぬ力の抜けた息のようなものばかり。言葉がつっかえて出てきてくれない。


「ねえ」

『っ、…ぅあ…ふ…』

「なに、泣くほど嬉しいわけ?」


息を奪わんばかりの急な口付けの後に降ってきたのは、そんな辛辣な言葉。そこで初めて自分が泣いているのだと気付く。

驚きながらも乱暴に拭ってみたけれど止まらない雫。どうしたら良いのか、分からない。そのうち嗚咽が漏れてきて、子供のようにしゃくり上げた。


「半年も別れを切り出せずに堪えてたんだもんね」

『……なん、で』

「何で?それは急にこんなことを言ったことに対しての戸惑い?それとも君の考えを当てたことへの驚嘆?」

『…………』

「まあ…或いはそのどちらも、かな」


くるくると回る舌が気持ち悪い。次から次へと溢れてくるのは、嫌悪感と、それから罪悪感。そのまま飲まれてしまいそうだった。

別れを望んでいたのは自分のはずだったのに。何故こんなに胸が締め付けられるのか。


「何とか言いなよ」

『いざ、や』

「やめろ、やめてくれ。そんな、そんな優しい声で…俺を、呼ぶなッ…!」


ここまで取り乱している彼の姿を見たのは初めてだった。恐らく最初で最後になるのだろう。もう二度と拝むことは無いな、と頭の隅で冷静に考える自分がいた。


「早く、どこかへ行けよ!二度と俺に近付くな」


気付けば飛び出していた。所持品は上着のポケットに入っていた携帯のみ。財布も無いし、行く当てもなく歩くには些か無謀すぎる気もするが、仕方ない。

不意に降り始めた雨がひとつ、またひとつと染みをつくってゆく。まるでドラマのようだ。果たして私たちにハッピーエンドは待っているのだろうか。痛む胸を押さえながら思った。








空が泣いている



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