「いざやぁぁあぁああ」 突如背後から聞こえた咆哮とも思えるそれに思わず体が強張る。どう考えてもその声には聞き覚えしかないのだ。 恐る恐る、隣を歩く折原くんを見上げれば、本当に心の底から嫌そうな顔で歯を食いしばっているのが見えた。 「やだなぁシズちゃん。そんなに怒らないでよ」 「手前…ハメやがったな」 「人聞きの悪いこと言わないでくれるかな。何のことだか」 「うるせぇ!何が駅前集合だっつーんだよ!!」 「すぐそうやって怒鳴る。これだから単細胞は……ねぇ、小春ちゃん?」 『え、あの、折原くん?!』 一体、何が起こっているのだろうか。 いつの間にか自分の体は彼の腕に収まっていて、気付いた頃には鼻腔をくすぐる甘い香りが思考を鈍らせる。体が火照ってゆくのを感じた。 「どうしたの?」 耳元に囁かれた声で自分でも大袈裟ではないかと思うほどビクリと肩が揺れる。見上げた先にはいつにも増して爽やかな、それでいて胡散臭い笑顔。思わず殴りたくなった。 それと同時に背後からひしひしと伝わる平和島くんの怒気がやけに痛い。殺意をも孕んだそれは、一般人である私には凄まじいものだった。 「だいたいなぁ…悠木!」 『はいいいッ!?』 「お前もホイホイ付いてってんじゃねぇよ」 『ちょ、私ですか!?』 あまりにも理不尽すぎる。そう言いたかったが、私とてそれを今この状況で口にするほど命知らずではない。何より、そんな勇気が無いというのが一番のところなのだが。 っていうか折原くん、ちゃんと連絡したとか言ってなかったっけ…!? 「あぁ、ちなみにシズちゃんの番号はもちろん知ってるけど、掛けたくもないから連絡してないよ」 そう満面の笑みで言い放った彼に、軽く目眩を覚えた。頭上からはカラカラと楽しそうな笑い声。心なしか体も震えている。この状況でどんだけ楽しんでるんだ、この男。 『な、何も言ってないし!』 「いや、顔に出てるから」 『そんなことない!』 「嘘は良くないなぁ」 ぶち、と何かが切れる音を聞いた気がした。音が鼓膜を揺らしたときには時既に遅し。平和島くんは標識を片手にこちらへ向かってきていて。 一瞬の内に折原くんは私を手放したかと思うと、何でもないような動作で素早くナイフを構えた。私はというと、腰が抜けてヘナヘナと地べたに座り込んでしまっている。 スローモーションでも見ているかのような感覚。まるで映画のワンシーンに溶け込んだ気分だ。 「シズーオ、喧嘩ヨクナイネー!イザヤも悪行ほどほどヨ!」 「……チッ」 「サイモンてめっ!邪魔すんじゃねェ!!」 『い、今、どこから…』 突然の事に目を丸くするばかりだった。いや、決して比喩とかそんなわけでなく、本当に驚いたのだ。むしろ驚かない方が無理な話である。 上から降ってきて、着地するや否や平和島くんの標識での一撃を受け止めたその人物。割烹着を身に付けた黒人さんだった。ふざけたような格好にも見えるが、なかなか様になっている気も…しなくはない、かな。 「ダイジョブ?」 『へっ、あ、はい!』 「腹ヘリは喧嘩ノモト!ミンナ寿司食いネェ!」 こうしてそのまま何だか訳の分からないうちに露西亜寿司に連れられて、不機嫌極まりない顔の二人の間に挟まれる形でカウンター席に座らせられた。良いようにされているのは気のせいだろうか。 「3人とも、何にスル?」 まずは腹ごしらえを (あの、えーと、) (俺は大トロね) (いつもので良い) (……まさかの常連?) 何故だ!思うように話が進まない…! 次こそ本当に勉強会始まります。今度こそマジで。……の、予定です。 |