『なんでこうなるかなぁ』 現在この場にいるのは私と折原くんの二人だけ。ちなみに、保健の先生は珍しく出張らしい。そのせいか保健室の中は嫌と言う程に静かだ。 こんな時に不在の先生を内心恨みつつ、ベッドですやすやと寝息を立てる彼に何となく目をやる。 こんなときに言うのはちょっとどうなのかと自分でも思うが、寝ている姿は天使そのもので。黙っていれば本当に心の底から格好いいと思えただろうに。 まあ、ファンクラブの子達が黄色い声をあげるのは分からなくも、ない、かな。 「ん……」 『え、なに?寝言?』 大げさなまでに肩を震わせた私などお構いなしで寝返りをうつ折原くんを見ていたら、なんだか無性に叩きたい衝動に駆られた。 しばらくその細い背中を見つめていると部屋の中が白で埋め尽くされている分、彼だけが浮き彫りになっている様な感覚に陥る。 『よくこんな細い体で平和島くんと喧嘩してられるよなぁ』 「そんなに見られると背中に穴が空きそうなんだけど」 『ひぃ!……い、いつから起きてたの、折原くん』 「なんでこうなるの、から」 要は最初からじゃん、なんて言えるはずもなく。行き場のない思いを吐き出すかのように大きな溜息をつけば、疲れが一気に襲ってくる気がしてほんの少し後悔した。 そんな私を見ながらくすくすと笑う彼は、やっぱり黙ってれば格好いいけれど、性格があれじゃ無理だ。みなさん、現実をよく見て下さい。 『っていうかさ、鼻血出して保健室に運ばれるなんて聞いたこともないんだけど』 「やだなぁ。鼻血出したのは確かに俺だけど、原因は君じゃない」 『意味が分かりません』 「好きな子が自分のジャージ着てて興奮するなって方が無理だよ。あんなにダボダボゆるゆるって狙ってたでしょ。わざとなんでしょ」 『またそうやってからかう』 好きとかそういうこと、簡単に言ったらダメだと思うよ。そう言った瞬間、彼の端正な顔が少しだけ歪んだのが分かった。 それも、ほんの一瞬だけ。すぐに元に戻ってしまったので、もしかしたら気のせいだったかもしれない。 「じゃあさ、俺が本当に小春のこと好きって言ったら、どうする?」 『え、』 「本気なら良いんでしょ?」 『どうしたの、急に』 ベッドのすぐ側に座っていたせいか、折原くんが前のめりになっただけで、ぐんと近付く距離。目と鼻の先に、彼がいる。 「ねぇ、」 言いかけたところで、ガシャン、と派手な音が鼓膜を揺らす。これは間違いなく、窓ガラスが割れた音。 そして次の瞬間、二人の丁度ど真ん中飛んできたのはテニスのラケット。思わず腰が抜けるほど、壁にめり込んでいた。 「やだなぁシズちゃん。せっかく良いところだったのに邪魔しないでよ。ねぇ、小春ちゃん?」 『う、あ、えっと』 「いーざーやーくーん?どっからどう見ても嫌がってるようにしか見えねぇだろォ?」 「これだから単細胞は困るんだよ」 「っるせぇぇえぇええ」 こうして始まった、喧嘩という名の命をかけた逃亡劇。そして、ただ一人私を保健室に残したまま再び幕を開けた日常。どちらも、終わりを知る者はいない。 日常の先に見えた非日常 (あのとき彼は、) (何と言おうとした?) 彼に持たせたらラケットなんてただの凶器ですよね(笑) |