『お、折原くん!』 聞き慣れた声に振り向けば、今にも泣き出しそうな顔が目に入った。 一瞬目をやるも、さして気にせず手の内で短く震えたそれに視線を戻す。メールを開けば「あとは自分で何とかしろ」と、ドタチンから。 『あっ、あの!お願いがあるんだけど!』 相変わらずお節介というか、お人好しというか。こんな風に気を遣われるくらいなら、あのとき誘わなければ良かったなんて後悔をしてみる。まあ、したところで何が変わるわけでもないのだが。 『おりは、』 「何か用?」 『う、あ、えっと…』 唐突に返せば、思ってもみなかった反応だったのだろう。あたふたしながら視線を右へ左へ忙しそうに動かして。 なんて分かり易い人間だ、頭では悪態をつきながらも心の何処かで期待している自分がいる。もっとも、その気持ちが何に対してのものなのかは自分にもよく分からなかった。 「早くしてくれるかな。俺だって暇じゃないんだ」 『ごめ、その……、』 「はっきりしてよ」 『ジャージ!』 「……は?」 『ジャージを、貸して、ほしくて……』 今度は、俺が驚かされる番だった。 今何て言った?ジャージ?ジャージってその、体育のときに着るアレだよね。え?貸して欲しい?何でまた俺なんかに。 ぐるぐると巡る彼女の言の葉。慌てた思考回路が訳の分からない自問自答を繰り返す。待て、落ち着け俺。 『門田くんが、お、折原くんなら持ってるって、それで……他に、借りれる人とか、いないから』 「う、うん」 『でも、折原くん、機嫌悪いみたいだし…この前から、まともに話してくれない、し……い、嫌なら別に大丈夫だ、から』 いよいよ本格的に泣きそうになってることに気付き、自分でも分かるくらい慌てて腕を引っ張る。ロッカーから出したお目当てのそれを彼女の前に突き出せば、今度は目を見開いて俺を見上げた。 そんなにこっち見るなよバカ。なんて言いながらそっぽを向くと、あとから小さな笑い声が聞こえてきた。良かった、泣いてない。 「あとで話がある。それ返すときで良いから」 『……うん?』 「ほら、早くしないと遅れるっつーの。次体育なんでしょ?」 『あ、ありがとね!』 満面の笑みで言われたお礼は、脳髄にこれでもかという程に響き渡る。ありがとう、ただ一言なのに。 自分も一人の人間であり、まだまだ若いのだと悟った日だった。 嗚呼、青春よ (俺にもまだ、) (望みはあるのだろうか) 学生時代の臨也は、まだまだ未熟であってほしい。少なくとも今よりは人間らしい一面も持っていたんじゃないかな、と思います。 |