最も予習が必要とされる英語の時間、先生に指名された者は誰もが一度顔をしかめる。中にはうとうと眠りに誘われ、注意されている子もいた。 外からは男子生徒特有の、どこか一体感のある声が響いてくる。隣のクラスだろうか。 この時間、なかなか指されないのをいいことに私はぼんやりと窓の外へ目を向けているのだ。 「おい」 急にこちらに向かって大きな声がして、思わずビクリと肩を震わせる。 「平和島。次の行、読んでみなさい」 「…………」 どうやら指名されたのは後ろの彼だったようで、そっと胸をなでおろす。 だが、返事がないのを不審に思いチラリと後ろに目をやれば、机の上には筆箱と閉じたままのノートだけ。 『平和島くん』 そっと声を掛けてみると私と同じように窓の外へ向けていた目をこちらに向ける。かちりと視線が合って、少し顔が熱くなった気がした。 『あの、よかったら私の教科書使っていいよ』 「……そしたらお前、どうすんだよ」 『ノートに写してあるから大丈夫。気にしないで』 先生がこちらを見てないのを視界の隅で確認しつつ、聞こえないように出来る限り小さく声をかけてみる。 少し間があいて同じく小さな声で、でも確かに「ありがとう」と呟かれたのを私は聞いた。 『うん』 ガタリといすを立つ音がし、次には心地よい低音が私の耳を打つ。 そして、平和島くんの声が喧嘩してるときのそれとは違うことに気が付いて頬が緩みそうになった。 「座っていいぞ、次は――…」 その後のことはあんまり覚えてない。気が付いたら授業なんて終わってて、ちょうど4時間目だったからみんなのイスを動かす音で現実に引き戻された。 男の子に教科書貸したのなんて小学校以来かも。自分でやっておいて今更と思うけれど、なんか気恥ずかしい。 今日はカレーパンでも買おうか、なんて考えながら教室を後にする。少しだけ早足なのは、きっといつもよりお腹が空いたせいだ。 なんか、忘れてない? (みーつけた) (うげ、折原くん) (何一人でにやにやしてんの) (そんなことないから!) (ふーん……ま、いいけど) |