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『留年したら、また先生と一緒だね』

「バカなこと言ってないで集中しなさい」

『ねぇ、せんせ』

「なんだよ頼むから早く問題終わらせろよマジで。俺だって早く帰りてェんだからよ。ほれ」


校庭から聞こえる生徒たちの声が遠い。揺れるピンクが風に撫でられて、はらはらと舞っていて綺麗だ。

そんな漫画みたいな風景とは裏腹に、教室の中はやけに静まっていた。私と彼先生の二人きり。


『ね、お願い。して?』

「はぁ?」

『だから、して欲しいって言ってんの』

「いや、そういうことを言ってるんじゃなくてだな。何をするんだよ。主語を言え、主語を」


これでも一応国語の教師なんだからな。そう言いながら、至極めんどくさそうに頭を掻いた。綺麗な銀髪が夕陽を跳ね返しながら揺れる。

それだけの仕草でも、私の胸はいっぱいいっぱいだというのに。そんな胸の内など知る良もない彼は不思議そうに私を見つめた。


『そんなに見ないでよ変態。恥ずかしいじゃん』

「変態って、あのなァ…ま、もういいや。で、何をすんの?」

『キス』

「……はァ?」

『接吻』

「分かるわボケ」


じゃあ何、ゆっくりと紡いだそれは思いの外冷静な思考を象徴しているかのように思ってしまう程で。私って案外肝が据わっているのかも、なんて的外れのことを考えてしまった。

不意に窓から入り込んだ風によって教科書がパラパラと捲られる。風が止むと同時に訪れたのは沈黙。


「……なぁ」


重い空気に耐えられなくなって先に口を開いたのは、やはり例によって銀ちゃんの方。視界に映ったのは実にきまりの悪そうな顔だった。

元々黙って座ってられるような人では無いし、普段の言動や見た目に反して気を遣う性格だから仕方のないことではあるのだが。



「お前はさ、」

『……うん?』

「言葉の重さとか、意味とか…そういうこと、全部分かってて言ってんの?」

『もちろん分かってるよ。ちゃんと、子供なりに』


彼の口から紡がれる言葉のひとつひとつが、彼の表情が、全てを物語っているようだ。ほんの少しだけ、怖くなった。

――ほら、今ならまだ、逃げられる。

心の中で聞こえたのは一体誰の言葉だろうか。私?…いいや、そんなことは無い。これで良い。選んだのは紛れもなく自分なのだから。


「名前」


それはまるで私を宥めるような、自身に言い聞かせるような声。周りの全ての音が途切れてゆく。

咎めるような、確かめるような指が首筋を撫でる。ぞく、と疼くのが分かった。そのまま上った拳にすっぽりと顔を包まれれば、次の瞬間には鼻と鼻がぶつかる。甘い香りを乗せた銀色がくすぐったい。

そっと離れた唇。離れていく熱がもどかしく思う。


『これでもう、ただの生徒と教師の関係には戻れないね』

「……そうだな」

『好きだよ、銀ちゃん』


カチ、カチ、と厭にゆっくり脳髄へと響く時計の音。この先に待っているのは終わりか、始まりか。








指針の示すもの

(で、答えは?)
(……どっちの?)
(もちろん両方とも)





このごろ銀八先生が好きすぎて生きるのが辛い原田です。



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