赤林は何時に無く上機嫌だった。 殺風景な粟楠会の持ちビル内で、鼻歌を零す程には浮かれていた。理由としては簡単で、珍しくなまえが遊びに来ているからである。何時もは足が重くなる自室に帰るのも苦にはならない。その上、珍しく本気で仕事を片付けた所であるから、後の時間はなまえといちゃこらするだけで良い。 この扉を開ければ、愛しの彼女が待っている。これ以上に機嫌が良くなる事が無い。 だから、にこにことした面持ちでドアノブに手を掛けたのだが――… 「ちょっと……服……解らない……上着……」 その笑顔が瞬時に消えた。 こめかみにピキリと血管が浮いたのが自分でも解る。聞こえて来たのは男の声。そして、その声に嫌と言う程聞き覚えがあった。またチョッカイを出しに来たのか、と苛立たしげに扉を開ければ、 「馬鹿野郎っ! 本当に脱ぐ奴があるか!」 「え、だって……!」 とんでもない光景が目に飛び込んできた。 「……なに、やってるの」 あまりの出来事に震える声。主の帰還に気が付いたのか、それぞれに「あ」と言うような顔をこちらに向けている。 赤林の自室――と言ってもいい仕事部屋に幹部が3人と女の子が1人。その女の子を囲んでソファーに座っている男どもは当然ながら『招かれざる』客である。 しかし、そこは流石に同業者。マズイ、と言いたそうな顔を素知らぬ態に装うと、「帰って来なくても良いのに」だの「空気が読めない奴」だのと随分身勝手な言葉をこちらに投げて来る始末。 そんな不当な扱いに、赤林が大声を出したとしてもソレは仕方の無いことで。 「なに、やってるのぉぉおおお!!!」 赤林はなまえの隣にちゃっかりと座っている風本の手から彼女の上着を引っ手繰ると、キャミソール姿というサービスショットを晒している恋人の肩にやや乱暴に被せた。ついでに風本をソファーから押しやる。事の次第を訪ねる為、なまえに視線をやれば、 「ケーキを頂いてました」 随分あっさりとした返答。しかも、可憐な笑顔を添えて。 当人はこの状況になんの危機感をも持ち合わせていないらしい。寧ろ、嬉しがっているかのようにも見えて赤林は頭を抱えた。 「服を脱いで? どんな風俗なの……」 「ふうぞく……? ヤンキーの一種ですか?」 「あのね……」 一見ふざけているのかと思えばそうではなく。 きょとんとした表情から解るように、なまえは至って真面目である。普通の人間よりもかなり抜けている所があるのだ。可愛らしいといえば可愛らしい。 如何やらその性格に託けて、余計な虫が付いたようだが。 「で、旦那方は何故ココに?」 これは彼等に聞いた方が状況が把握しやすい。 実に不本意であるものの、仕方なく、感情を抑えて、努めて優しく笑顔を向ける。 赤林のひくついた笑顔を見、最初に口を開いたのは風本だった。 「取引先から丁度ケーキを頂いたので」 「風本君の所に、そんな太っ腹な取引相手居たっけ?」 「私はお客様におもてなしを」 「なまえ以外の『お客様』で、四木の旦那が態々珈琲持って来た事なんてないと思うんですけど……?」 互いに互いを笑顔で牽制。バチバチと火花が飛び散っているというのに、渦中の人間であるなまえはにこにこと微笑んでいる。恐らく、彼女にとってこの場は「楽しいお話会」と化しているのであろう。 そんな彼女に嘆息を零して、八つ当たりとばかりに青崎を睨む。 すると、言い訳でもするかのように視線を彷徨わせた後、 「俺ぁテメェに用事があったんだよ」 全く、嘘の下手な御仁である。 「……何の用なのさ、青崎の旦那」 言うと、青崎が押し黙る。粟楠の青鬼ともあろう人がイイザマだ。とにかく、これで幹部連中が人の女にチョッカイを掛けていた事実はハッキリした。ぎろりと方々を睨み付けるも、1人を除いて涼しい顔をしている。 あぁ、もう。これだからなまえには彼らと話をしないように言い続けているのに。 最愛の人が他の男の前で脱ごうとする様ほど見て楽しいものではない。 既に独り、頭の切り替えをしたらしいなまえはケーキを食べてご満悦の表情である。革張りのソファで寛いでいる彼女に、赤林は溜息を零した。 「第一、なまえは何であんな格好してたの」 「だって、青崎さんが太ってるって言うから……」 「太ってるとは言ってねぇだろ、太るぞって言ったんだ」 「……まさか旦那が脱がせたの?」 低く、短く。なまえの前であるので笑顔は絶やさずに。 そしてその淀んだ笑顔の裏に怒りが潜んでいる事を解っているのは、幹部だけである。 「違う! 風本が余計な事を、」 「あ、酷ぇ! 兄貴だってなまえさんのお腹触ってたじゃねぇすか」 「脱げと言ったのは風本さんですよ」 「ちょっ! 四木さんまでっ!」 あぁでもない、こうでもないと騒ぎ始めた室内にカチリと小さな金属音が響く。罪の擦り付け合いに乗じていた3人はソレに気が付く事無く―― ズガンッ!! シン、と。まるで時が止まったかのように。 「赤林、さん?」 遅れて鼻につく硝煙の臭い。 注目を一心に集めた赤林は、肩を震わせて笑っているものの―――目がどんよりと曇っていた。 「ふふふふ……ごめんねぇ、おいちゃん手が滑っちゃった」 「チョット待て。手が滑っただけでチャカぶっ放す奴が何処に、」 破裂音がもう一度鳴り響き、リノリウムの床に小さな穴があく。 「……っぶねぇな!」 「あ、四木さん!! なに一人で先に逃げてるんですか!」 静寂した部屋から一足先に動いたのは四木で、それを見るなり他の2人も逃げるようにその場を後にした。静まり返った室内で、嫌な沈黙が降りる。と、今迄固まっていたなまえがようやく口を開いた。 「す、すごいね……結構オモチャみたいな音がするんだ……?」 「笑い事じゃないでしょう、なまえ」 あははは、と少々乾いた笑いを零すなまえを見下ろしていると、内蔵が冷えていくのが解った。どろりと醜く疼いたのは、嫉妬以外の何物でもない。 「?」 「消毒」 一言告げるとその唇に齧り付いた。 なまえが呆けているのを良い事に、徐々に彼女へ体重を掛けていく。ゆっくりとソファーに沈んで、赤林を見上げ、 「え、えぇぇえええ……!?」 ようやく慌てだしたなまえに、くすりと意地の悪い笑みを零して。 さて、どれだけ印を付けたらあの御仁達は諦めるのだろうか。 「流星雨」の1周年記念リクに参加させていただきました。 十万打の際に盛大にやるとのことで、今からワクテカしてます(いや、落ち着くんだ私)。 もうほんとジオさんの書く粟楠組のおじさま方が素敵すぎて辛い…! てなわけで珍しく本気(笑)な赤林さんをお持ち帰りです! 感想はわざわざメルボから叫んできてしまったので省略///← 本当にありがとうございました!これからもこっそり応援してます^^ [戻る] [TOP] |