「おはよう。気分はどう?」 デジャヴ。まだ覚醒しきれていない寝起きの頭で思う。これが夢であって欲しい、と。 清々しい程の笑顔を見せた声の主は、無視されたのがつまらなかったのか子供のように口を尖らせた。 『そういえば、オリハラさんって何歳ですか』 「……俺の挨拶は無視しておいて、開口一番にそれ?」 『聞きたいことを聞いていけないということはないと思います』 「まあ、自分の欲に素直な子は嫌いじゃないよ」 少し眉を顰めながらも、口元は変わらず綺麗に孤を描いているのが気に食わない。どうも彼のペースに飲まれそうになるのだ。 重い体を起こすと横に空いたスペースに彼がすかさず滑り込んできて、ばれないように無言で横にずれた。 「あ、そこに置いておいていいよ」 「一応言わせてもらうけど、私は貴方の家政婦じゃないわ」 不機嫌そうなソプラノに振り返れば、紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。そこに立っていたのは、カップを持った綺麗な女の人だった。 彼が眉目秀麗ならば、容姿端麗とは彼女のようなひとを言うのだろう。大人の女性、そんな言葉が似合いそうだ。 「何かしら」 『す、すみません』 威圧するような声に縮こまると隣の男がクスリと笑うのが聞こえた。 反論しようと口を開いたところで肩を抱かれ、抵抗する間もなく彼の胸へ倒れ込む形となる。あまりに突然の出来事に体が強張った。 「やだなぁ。そんなに怒ることないじゃない。大事なお客さんに当たらないでよ」 「別に怒ってなんかないわよ。ただ貴方の態度に憤りを感じただけ」 「遠回しに怒ってるって言ってるように聞こえるのは気のせい?」 「黙りなさい」 困惑する私を余所に頭上で口論をする二人にどうしたものかと思うも、いつの間にか完全に蚊帳の外になってしまった。 彼女なら、この状況を何とかしてくれるのではないか。 そんな期待を込めて首だけ振り返ると、ナミエと呼ばれた女性は紅茶のカップを置いて既に背を向けている状態だった。 「っていうか、いい加減離してあげたらどうかしら?困ってるわよ、大事なお客さん」 『え、』 「いいのいいの」 大丈夫だなんて言いながら頭を撫でる骨張った手の優しさに、少しだけ胸が締め付けられる。何故だろうか、私はこの温もりを知っているような気がした。 11_0520 ← |