『……何で、』 「待ってるから」 『待つ?何をですか。ねぇ、早く帰ってきて下さいよ』 「―――……」 何か言い残して私に背を向ける彼。手を伸ばそうとするも、それはまるで煙のように消えてしまい、虚しく空を切る指先がひどく冷たかった。 『臨也さん、』 口から漏れたのは泣きそうな、今にも消え入りそうな、自身のか細い声。どきりとして咄嗟に顔を上げれば見慣れた彼の事務所が眼前に広がっていた。 自宅と兼用しているだけあっていくらか生活感はあるにしろ、どこか物寂しさを覚えてしまうのは主である折原臨也本人がいない所為だろうか。 と、不意に部屋の隅、ただ一点へと視線は奪われた。いま現在腰を降ろしているソファーの正面、臨也さんのデスクの上に倒れたそれは置き去りにされたようにも見える。 『写真立て…?』 吸い寄せられるように近付けば認めざるをえない、不信感にも似た複雑な感情。 思えばあの辺りにはいつも大量の資料が乱雑に置かれていて。彼の仕事の邪魔になってはいけないと思い、無意識に近付かなかったのかもしれない。 それでも考えれば考えるほど意図的に隠されたように思えてしまって、いつしか自分の部屋で見つけた写真立てを思い出した。あれは結局なんとなく億劫になって、見るのをやめてしまったのだけれど。 そろそろと手を伸ばす。一瞬過ぎった不安には見ぬ振りをして掴み上げたは良いものの、そこに映る二人に目眩がした。 ――不器用にはにかむ臨也さんの隣に並ぶのは、幸せそうに微笑んだ私だった。 11_1117 ← |