「じゃあ行ってくるから。寂しくなったらいつでも電話するんだよ?」 『分かりました。電源、切っておきますね』 「……ほんと、ナマエちゃんったら相変わらず容赦ないよね。困ったなぁ」 朝からそんな辛辣なやり取りをしつつ、ほんの少し寂しげな細く頼りない背中を見送る。 なんでもこの頃は非常に仕事が立て込んでいるらしく、ほとんど休暇を取れない状況だそうで。私の記憶が正しければ昨日(正確に言うと今日)も3時過ぎまでパソコンの前にいた。 ――いい加減、適度な睡眠くらい取らないと本当に倒れてしまうんじゃないだろうか。 そう思い、何度も声を掛けようとした。けれどその言葉は声になることなく私の中で溶けてゆく。なんだか消化不良でも起こしたみたいな、変にもやもやした気分だ。 何故たったそれだけのことが出来ないか。心配は心配なのだが、彼の真剣な顔を見ると躊躇してしまうのだと思う。 普段は見られない眼鏡を掛けた横顔であったり。或いは滅多に見せない苦悩の表情。それから、無意識に寄せられた眉間の皺だとか。 気付けば声を発することを忘れ、呼吸さえも忘れそうになりながらも仕事用のデスクから少し離れたソファで一心に彼を見つめていた。 『私は、臨也さんの…何、なんだろう』 まるで初めて恋心を知った少女のような淡く燻る心。彼の側にいるという、安心感とは微妙に違ったこの感じ。日に日に積もる彼への思いと、自分へ抱く疑問。 止まるところを知らないそれたちは私の中でどんど成長してきている。そう、まるで私の心を蝕むように。 今日も主のいない広い部屋で一人天井を仰ぎながら思案にふける。答えが出た日には、何かが変わるのだろうか。それを知る術もない。 11_0815 ← |