袖振り合うも多生の縁 | ナノ

 
 
「いくら仕事でも行きたくないんだよなぁ、ほんと」


最近知ったこと。以前から彼が、私を必要以上に池袋へ近付けなかった理由。

それは私のちょっとした知人である平和島さんの所為だった。彼は所謂“池袋最強の男”であり、臨也さんの天敵なのだという。


「でも流石に粟楠からの依頼を断るわけにもいかないし」

『ならさっさと行ってくれば良いじゃないですか』

「……君さぁ、どことなく波江に似てきたよね。発言が」

『そうですか』


けれど、あれだけ目立つ彼との接触があったにも関わらず私は今まで臨也さんを知らなかった。

――本当にそんなことがあり得るのだろうか?

妙に引っかかる。無意識のうちに、イスに背を預ける臨也さんに視線をやってしまう。するとそれに気付いたらしい彼がこちらを振り返った。


「どうかした?」

『いえ、ちょっと考え事をしてただけです』

「……そう」

『何かご不満でも?』

「別にそういうわけではないけど」


そうしてまた、バツの悪そうな顔。この頃よく目にするようになったその表情は既にくっきりと私の記憶に刷り込まれていた。

彼は何を思っているのだろうか。私には直接聞く他に、それを知る術が無い。けれどそれを出来るほどの勇気も、残念ながら持ち合わせていない。


『あぁ、ほら。そろそろ準備しないと無事に帰ってこれるか分かりませんよ?』

「物騒なこと言わないでくれるかな」


私も上手く誤魔化したつもりになって、これではいつまで経っても堂々巡りだ。

臨也さんは私が何を見て、何を思っているか、知っているのだろうか。彼には分かるのだろうか。


「行ってくる」


私の中、奥深くで渦巻く何かは、日に日に増えてゆくばかり。何だかそのまま飲まれてしまいそうで怖かった。



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