穢れた身体は、清い水で何十回と洗い流す。
肌が赤くなるまでこすりつける。
獣の匂いが消えるまで。
シャワーの音は最大限まで上げて、サクラはいつも声を上げて泣く。
悲しいのか、悔しいのか、そんな簡単な感情なんかで収まらない。
忍でなければ、暗部でなければ。
その度にいつも思う。
けれど自分だからこそ、暗部には必要なのだと思う。
不可能な情報を可能にする。
淫乱だと言いたければ言えばいい。
汚い女だと笑いたければ笑えばいい。
何を言われたって構うものか。
身を売り、手に入った情報で助かった人がどれだけいるか。



私は間違ったことは、していない。



dearly



サクラの手に入れた情報は正しいものだった。
翌日、サスケは偵察役としてサイをその場に赴かせた。
一夜も待たない彼からの返事は黒。
サイが生み出した鷹からの知らせによると、火影に殺人予告をした犯人は一人ではなく、同じ目的を持った同士が集まり結託しているらしい。
つまりは里の崩壊、そのための火影暗殺。
サクラの得た住所はいわゆる彼らの拠点であった。
昔に栄えた山奥の旅館だ。
そうした廃墟は大概ごろつきのたまり場となるのだが、今回たまっているごろつきはどうやらたちが悪いもののようだ。
いずれにせよ、争いの芽は早く処理しなければならない。
ちょうど今日から数日間、里では感謝祭が催されることとなる。
奴らが仕掛けてくる絶好の機会というわけだ。
火影直轄の暗部としてそれを許すわけにはいかない。



里のあちこちでは、屋台が設けられ、食べ物の匂いが食欲を誘う。
今夜決行の任務の内容をサクラに伝えようと彼女の家へ向かっていたサスケの足は、後ろからかかったひとつの声に止められる。

「あら色男。どうかしら、今夜ご飯でも」

振り返ると金色の髪をなびかせて、冗談めかしたいのが肩をすくめた。
色鮮やかな花鉢の入った段ボールを慣れた様子で抱えている。

「悪いな、急いでんだ」

相変わらず無表情でサスケは答える。
けれど重たい仕事を抱えた彼女が早足にならないように、自然と歩調を緩めた。

「サクラのところ?」

サスケの顔がよくわかったなとでも言いたげに少し驚いたような表情をみせる。
それにいのが笑った。

「サクラ、最近飲みに誘ってもふられっぱなしだったからね。任務でも入ったのかなって勝手に思ってたんだけど、ご名答みたいね」

基本的に、暗部の任務は守秘義務があるのだが、いのは気の知れた仲だ。
その内容は誓って言えないが、任務の有無くらいは伝えても悪いことはないだろう。

「花。持つか」

不器用に話を逸らそうとサスケが手を差し伸べた。

「いいえ、ご心配なく。花屋の娘をなめてもらっちゃ困るわ」

ありがとうと笑った。

「……」

その笑みが、少しずつ切ない色に変わったのをサスケは気付かなかった。
話すことが途切れ、訪れた沈黙にいのは一つ息を吸った。

「――サスケくん、さ」

名を呼ばれ、ちらっと彼は隣を歩くいのを見やった。

「やっぱり暗部にサクラは必要かしら」

問われた言葉の意味が理解しがたくて、サスケは首を傾げる。

「どういう意味だ」
「ううん、暗部だけじゃない。サクラはまだ、忍を続けなきゃならないかしら」

いのの言葉はサスケにとって難しかった。

なんだ、それじゃあまるで。


――暗部を、忍を、サクラが辞めたがっているように聞こえる。


そんなサスケの心を呼んでかいのはすぐに否定した。

「サクラが言ったわけじゃないのよ」

サクラではなく、私が辞めさせたがっていると言いたげに。

「ただあの子、もう一杯、頑張ってきたわ」

その言葉を言いきると、目の奥がかっと熱くなった。
震えそうになる唇をいのはかみしめる。
サクラの全てをいのは一番身近で見てきた。
あの惨劇も、彼女が抱える辛さも、今の状況も全部。
だからこそ思う。
任務さえなければ、サクラが、暗部でさえなかったら、忍でなかったら。
彼女が身体を汚すことはないだろうにと。

「あいつは、医療忍術も幻術も優れた立派なくノ一だ。暗部としても、木ノ葉としても失うわけにはいかない」

この場にどんな言葉が適切か、サスケには皆目見当もつかない。
ただサクラは優秀な忍だ。
それだけはわかりきったことである。


失えない人材。


そんなこと私だって知っている。


ただ――。



「――サクラがどうして身体を売るか…」

やけに静かに発せられたその言葉に。

「!」

思わずサスケはいのを見た。
彼女は悲しげに眼を伏せる。

「考えたこと、ある?」

――考えた、こと?

売淫を手段だと笑う彼女の、その理由。

「い、や…」

否を答えようとして、声が詰まった。
そんなこと、思ってもみなかった。



――だって彼女はいつも、笑ってたから。



どくんと、サスケの心臓が跳んだ。



そうだ。



なんで彼女は――



なんだって彼女はあんな顔して男に抱かれるんだ――。





賑やかな里人の声をサスケの耳は拾わない。
己の心臓の音が五月蝿い。

ゆっくりと動くいのの口元に意識が集中する。





――五年前に起こった事件、聞いてくれる?


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