どれほどの時間が経ったのだろうか。
もしかすると、全く時間は経っていないのかもしれない。
醜い男の息遣いが、耳元に蘇る。
精液と、汗が入り混じる臭い。
吐き気すら覚えたが、サクラの身体はだらんと、力なく垂れるだけ。
男の腕から解放されたのは、それの精液が、体内に注がれた時。
地面に倒れこんだサクラは、半身を起こすのが精いっぱいだった。

「気に入ったぜ、お前」

下品に笑うその顔に、もはや何も思わなかった。
僅かながら肩に掛かったままだった破られた衣服を、サクラは両手で引っ張るようにして、胸元を隠す。

「俺の女になれ。そうすれば生かしてやるよ」
「――…殺して」

小さな声音で、それでもはっきりとサクラは言い切った。

「あんたみたいな下衆の情けなんかもらってちゃっかり生きたいと思うほど、私は腐っちゃいないわ」

これが、最期の強がり。
男の眼を睨みつけて、そうして嗤う。
酷く冷たい笑みで。
さぁ、一緒に、地獄に連れて行ってあげるわ。

「殺しなさい。それが、私を穢したあんたの罪よ」

――呪われる覚悟はいいかしら?

そう言いたげな目をした女は、静かに瞼を下した。
その余りの冷酷さに、男の身が怯んだ。
こいつは、ただのくノ一じゃない。
本能でそう確信させられるほど、サクラを纏う空気感は、男に戦慄すら与えた。
無様にも膝が震える。
さっきまで、凌辱されていたはずなのに、そう思わせない女の有様に男はたじろいだ。
もはや、ただ恐怖心を打ち消すが為に。
男は、おもむろに地面に落ちていた刀を手にした。

「うわぁぁ!」

恐怖で震える腕で、女に向かって、刀を振り下ろす。
刹那。

「っひ!?」

覚悟した刃の感覚の変わりに、男の息をのむ声と同時に肉が裂ける音がして、サクラは思わず閉ざしていた瞼を開けた。
頬に生温かい液体が、降り注ぐ。
見上げると男の顔はそこにはなく、代わりに男のものであろう鮮血が残酷にも迸っていた。
どこかで重たい何かが落下する音がしたが、そのものが何であるか、わかっていたからサクラは目を向けなかった。
刀を握り締めたまま絶命した男の身体が無力にも勢いよく地面に投げ出される。
その向こうに光ったのは血塗られし刃と、血と同じ色をした双眸――。

「サスケくん…」

己の発した声の淡白さに気付きつつも、サクラは目を外せなかった。
しかし、今の自分の状況にハッとする。
こちらに近づく足音から背を向けた。

「来ないで!」

静寂の森には、その叫び声が良く響く。
サスケの足が、一瞬、躊躇した。

「私今、酷い顔してる」

血を浴びた顔。
獣に穢された顔。
今までサスケに向け続けていた、春野サクラの顔じゃない。

「それは、俺だって一緒だ」

――人を殺め、血に濡れた、顔。

無骨なサスケの手が、サクラの肩を強く掴んだ。
そうしてこちらを振り向かせる。

「!」

まるで幼子のような瞳が震えるようにこちらを見据える。

――ああ、やっと、サクラの心に触れた気がする。

表情を貼りつけたような顔ではなく、サクラの真実の顔。
きっと、五年前のあの日から、サクラはこの顔を隠し続けていたのだろう。

「変わらねぇよ、いつもと同じだ」

まるで泣きだしそうに顔を歪めて、サスケが苦手な笑顔を作るものだから。
それ以上、サクラは何も言えなくなった。
代わりに彼へ、そっと右手を伸ばす。
触れたことのなかったその頬に指を滑らせる。

「サスケ君だって、変わらないわ」

すると、彼が苦笑する。
血で濡れた刀を一振りし、それを鞘に納めた。

「里の掟で裁くべき犯罪者の首を、私欲の為だけに刎ねたのにか?」

自嘲を交え、肩を竦めた。

どうしても、許せなかったのだ。
サクラを穢した男が、自分の眼の前に姿を現すことが。
この世に存在していることが。
それが強烈な嫉妬心だとわかっていて、己を止めることができなかった。

「それでもサスケ君は、私を助けてくれたでしょう」

そう言って。
泣きそうな顔で笑うサクラを、サスケは思わず犇めいた。
やがて、ゆっくりとサクラの身体のラインをなぞるように、サスケの指先が触れる。
肩から腕、脇から腰。
熱がゆっくりと下がっていくのを感じ、初めは身を強張らしたままのサクラだったが、やがて諭すような声音で首を振った。

「…汚いよ、私」
「汚くねぇよ」

間を入れずにサスケの囁くような声が、耳殻を捉える。
そうして首筋に顔をうずめる彼の仕草が、こそばゆくてサクラは身を捩じらせた。
首と肩の境目に一つ、唇を落とされた。

「…あっ…」

サクラの唇から、思わず吐息が漏れる。

――この人はどこで、こんな翻弄の仕方を身に付けたのだろう。

これ以上はきっと駄目。
互いに深みから、抜けられなくなる。
私は彼を愛してはいけない身。
彼が大切だからこそ、愛されてはならない身体。

「――サクラ」

紅潮し始めた彼女の肌から一度唇を離し、真剣な眼差しでサスケはサクラを見つめる。
こんなにも近い距離。
サクラの顔が、艶やかに見えるのは見間違いなんかじゃない。
理性が崩れぬ前に、サスケは告げた。

「俺は、お前が欲しい」

今まで望んでも望まぬふりをしたサクラを、今宵ばかりは我慢できそうにないことは、サスケが一番知っていた。
サクラをこんなにも、渇望している。
それに、冷めきらぬ嫉妬心が拍車を掛ける。
潤んだ瞳を更に潤ませて、サクラが顔を歪めた。

「……色んな人に、抱かれた身体よ」
「ああ」
「……もう赤ちゃん、産めないのよ」
「知ってる」



――あの事件の日から、月夜にいつも願ったことがある。



「それでも、…っ――」



――どうか彼が、私を愛しませんようにと。



震えるように開いたサクラの口唇を、ずっと願っていたそれが塞いだ。
互いの存在を、あわよくば気持ちさえも探られてしまいそうな、深い口付け。
舌が絡みあう中、互いの熱に、溺れていく感覚はもう中毒となる。
一度サクラを解放し、濡れた唇でサスケが言葉を紡いだ。

「それでも、俺はお前が欲しい」

サスケの手が、彼女の肌を隠していた僅かな衣をするりと肩から滑り落とした。
闇夜でも、よく映える肌の色。
もう、抑え切れなかった。
求めあうようなキスを重ね、サスケの掌がサクラの乳房を緩やかに揉んだ。
そうして、それの敏感な箇所に酷く優しい彼の指先は、丁寧な愛撫を繰り返す。

「……んっ…ふ…ぁ…っ」

合わさる唇の合間から、甘い吐息が漏れる。
溢れる愛おしさは我慢できない。
流れに身を任せるように、サクラの身体は静かに地面に押し倒された。
しなやかなサクラの腕が、彼の逞しい首に絡みつく。
求めあう口唇が名残惜しそうに一度、離れた。
唾液がサクラの顎を伝う。
サスケの顔が首筋に移動した。
舌でつうとその滑らかな肌をなぞると、

「…は…ぁ!…ん…ああ…」

びくっとサクラが痙攣する。
自分が与えた行為で反応してくれる彼女が愛おしくて、もう理性は狂ったまま戻らない。
舌を首筋からゆっくりと流れさせ、両の手で愛されていた箇所を口に含んだ。

「っああ!そこは…んっ…!」

堅くなった所を柔らかで暖かい舌で遊ばれて、快感が背筋を駆け巡る。
沸き上がる欲望が、サクラの身体を支配したと思ったら、

「ぁは…っ…あ、だめぇっ!」

頭の奥まで、じんとする快感が一気に放たれた。
サクラのしなやかな身体が仰け反って、熱を帯びる。
荒い呼吸を繰り返し、とろんとした眼がサスケを見やった。
彼女の乳房から顔を離し、サスケ一つ、濡れた唇にキスを落とした。
汗でびっしょり濡れたサクラの頭を撫でてやる。

「手加減はできねぇから、先謝っとく」

絶頂を迎えたことで、耳鳴りがする耳殻に囁くような彼の声が掛かった。
言うや否や、サスケの左手が、サクラの女を弄った。
もうすでに濡れている彼女の中に、指をうずめる。

「…ん…ぁ!…ああっ!」

濡れた水の音が嫌らしく音を立てる。
サクラの耳が真っ赤に紅潮するのを目尻で捉え、サスケは胸の内から湧き上がる興奮を抑え付けることだけに必死であった。
指を動かすと、泉から愛液が溢れ出す。

「…あ、っ…あっ…サスケくん…」

そんな甘い声で、呼んでくれるな。
堪らなくなり、サスケは己の男を一気にサクラの中に沈める。

「…ん…!ふ、ぁああ…っ…!」

サクラの一番奥を突き上げる。
まるで何かを求めるように絡みついてくる感覚が、歯止めを効かさない。
今この腕で抱いている女が、愛おしくて、どうにかなりそうだ。
必死に声を上げることを我慢しているサクラの唇に、今度は強引に自分のそれを重ねた。

「っ、…ふ…んん…ぁ……」

くぐもった吐息は、なんとも甘美な響きを持たせる。
酔ってしまいそうなこの幸福はなんと言えばよいのだろう。
サスケに首に回っていたサクラの腕が、するすると降りてきて、両の手で、彼の頬を覆った。
口づけを離すことがないように。
時折、呼吸をするための距離を取ったが、それはほんの一瞬で、貪欲にもまた互いを求め舌を絡めとる。

脳が痺れるような快感はきっとお互い感じていたのだろう。
闇夜に響く、濡れた呼吸は背徳感を拭えない。
私欲で人を殺した男。
そして、妖艶さで復讐のために人を惑わした女。
二つの影が、交わることなどあってよかったのだろうか。
その答えはまだわからない。


――親愛なる、あなたへ。


――どうか共に、溺れてください。





END.

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