「それは、俺がどれだけ泣きわめこうが迫ってきたんだ」
入院中に部長が体験した話を聞くことになった。
俺たちがまだ知らない、部長の闘病生活の話。
きっかけは、本人が急にみんなを集めて「これだけは、お前たちに言っておこうと思ったんだ」と真剣な面持ちで言ったことから始まった。
ぶっちゃけもう逃げ出したいくらい怖い。 どんなホラー映画より、部長が怖いと思うものの方が何倍も怖い。
ていうか、部長が怖い。
「…正直、病気よりも怖かったかもしれない」
「幸村がそんなに脅えるんやから相当じゃな」
仁王先輩もいつもヘラヘラしてる口許が締まっていて、スッと部長を見据えている。
「…思い出すだけでも身体が震えるよ。あんなに痛いことをされて、俺は何度も逃げ出しそうになった」
右腕を擦り、震えを誤魔化そうとする部長の手を丸井先輩が咄嗟に掴む。
「幸村くんっ」
「ありがとう、ブン太」
「精市…無理をしてはいけないな」
「いいや大丈夫。本当にこれだけは、言っておきたかったから」
顔色も悪くなっても部長は笑ってくれるのは、安心してと俺たちに言っている様だった。
「俺の身体の中に何かを入れることもあれば、俺から血液をとっていくこともあった」
背筋がゾクゾクする。 冷や汗が額に浮かんだ。
「堪えられなくて動くもんなら、更に痛みが増すんだ…」
「………っ」
聞いてるだけで鳥肌が立ち、自分のことのように思えて仕方ない。 恐怖が最高潮になり、隣にいた柳生先輩のジャージの裾をギュッと握る。
その手に柳生先輩の手が重なり、力強く握られた。
こんな時、先輩の手って、大きくて安心する。
震える俺の手を……アレ?震えてるの俺か?
こっそり横を見れば、顔を真っ青にしてガタガタ震えている柳生先輩がいた。
「お前たちも、病院に行く時は十分気をつけるようにね」
言いたいことは言ったから解散、みたいな顔をした部長が、さっきとは比べ物にもならないくらい明るい笑顔で部室を去っていった。
取り残された俺らはというと、みんな下を向いて無言のまま。
それが更に空気を重くしていることはわかっている。でも、なかなか声がでない。
柳さんと副部長、仁王先輩が順番に部室から出ていく。
ジャッカル先輩にしがみつきながら丸井先輩も出ていった。
どうしよう、どうしよう…
俺もこの空間から出ていきたい。 もう思いきって、柳生先輩を引きずってでもここから出ていこうか。
でも俺が動こうとする度にビクッと身体を跳ねさせて、更に握る力を強くする先輩を引っ張ることもできず、結局は何十分後かに怒鳴りながら部室に入ってきた副部長に連れ出されるまで、二人とも動けずにいた。
120818
|