「別に、来てくれなくたっていいのに」
「俺が来たいって思うただけやから」
「……あっそ」
そう言うなり、幸村は窓の外を眺めた。
連絡も入れず病室に足を踏み入れた俺に発した第一声は、何とも嫌味っぽかったので今は特に機嫌が悪いらしい。
それにしても、
(こんなに冷たい目をする幸村、見たことないぜよ…)
いつ治るか見通しがついていない病気に悩まされている彼は、きっと誰かからの優しさすら素直に受け入れられない程追い詰められているんだろう。
真っ白なベッドの横で椅子に腰掛け、目も合わせてくれない幸村の手をギュッと握ってみる。
その手は、冷たくて、寂しかった。
初めて手を繋いだとき、俺が握った幸村の手とまるで違う人間の手を握っているようだった。
顔を見上げれば、確かにその手の持ち主は幸村なのに。
「なあ、こっち向いて」
「……嫌だ」
「俺の顔見たくなかと?」
「嫌なんだ…。一回で分かれよ」
「ごめん、なんて言わんからな。俺は幸村の顔が見たいんじゃ」
「俺は今、お前の顔見たくない」
「じゃあ反対側に移るナリ」
「…っ、いい加減にしろ!」
握っていた手を振り払われ、凄い剣幕の幸村が、やっと俺に顔を見せてくれた。
振り払われた勢いでちょっと椅子からずれた。 その流れで立ち上がったら、椅子が倒れたけど、気にせず幸村を見続ける。
逸らさないし、逸らせない視線。
俺は挑発したつもりはなかったが、出ていけと目で訴えられてしまった。
イラついている彼に微笑んでから、また来る。と一言だけ言い残して病室を出た。
扉に背中をつけて、ズルズルと座り込み床を見つめる。
模様も何もない廊下に、俺の顔がぼうっと映った。何だか情けなくて、笑ってしまった。
俺はただ、少しでも笑顔になってほしかったんだ。
幸村が俺をたくさん笑わせてくれたように、今度は俺がって、病室に入る前に決めてたから。
まさかあんな風に拒絶されるなんて思ってもみなかったけど。
床に映った自分の顔が歪み始める。
(俺だって傷つく時は傷つくんじゃ、アホ幸村)
本当、やっかいな奴に惚れてしもうた。
涙が一粒だけ、静かに落ちる音がした。
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