「ふうー……」
玄関先でしゃがみ込んで溜め息をひとつ。 ちょっと上を見上げたら扉の横の表札にはオシャレな感じで"Oshitari"なんて飾られている。 俺も同じ忍足なのに何だろうかこの妙な劣等感は…
でも今日やっと、侑士の恋人と会えるのだ。
そう考えたらちょっと楽しくなってきた。
『金曜日はな、お泊まりの日なんや』
なんて先月自慢げに侑士が話していたことを俺はちゃんと覚えていた。 だから既に家に着いたと連絡を入れてなどいない。 もし連絡したならきっと彼女を連れてこないだろうと読んで、黙っていた。
俺がそこまでして会いたいのには、ちゃんと理由がある。
侑士の話によれば「けいちゃん」は勉強もスポーツもできておまけに家が金持ち、そんでもって世間知らずなエベレスト並みの高さを誇るプライドを持つお姫様だと言っていた。
なのにアイツは、「けいちゃん」のそんなところが可愛いとも言っていたのだ。
そんな風に語られてしまったら気になって仕方がない。 性格はどう考えたって侑士と合わないし、それに金持ちって…それだけで少し気が引けるものじゃないのだろうか。俺はそうなんだけど。 それだから余計に気になって、夜もちょっと眠れなかったりする。
侑士が写メの一つや二つ送ってさえくれれば、こんなに会ったこともない「けいちゃん」に翻弄されずに済むのに。
焦らしなのか独占欲が強いのか… 一度、彼女に会ってみたいなんて言い出せばめっちゃ怒られる。ええやん、従兄弟のよしみやん。
(はよ、帰ってこんかな)
雲の少ない空をボーッと眺めていたら、エレベーターの音がした。何だかごちゃごちゃ言い合っている声。二人分の足音。
ちょ、これ来たんとちゃう!?
角を曲がって現れた侑士の姿を確認してから後ろの影を見て俺は絶句した。
「…………あああ、あと…べ?」
「け、謙也!?お前もう来とったんか!せやったら連絡しいや」
「お、おぉ…」
あの氷帝の跡部が目の前にいるなんて夢のようだ。これが200人以上の部員をまとめているカリスマか…オーラやばっ!
「何ジロジロ見てんだよアーン?」 「す、すまん…俺は四天宝寺のスピード担当、忍足謙也言うて、残念なことにこいつの従兄弟やねん」
「お前が忍足の…正反対だな」
「こんなアホと似とったらもう生きていけへんわ…」
「それはこっちの台詞や!もっさりメガネなんてあだ名死んでも付けられたない」
「な……っ!どこでそないなあだ名が…」
「ウチじゃ侑士はそれで通ってますけど」
「標準語やめて!リアルだからやめて!」
「………これが関西か」
俺らの会話に、いかにも圧倒されたという顔をしている跡部がぼそりとつぶやいた。
何か…この子よお見たら意外と別嬪さんやな…
「何や景ちゃん珍しかったん?」
「え…?」
景、ちゃん? けい、ちゃん…? 「けいちゃん」…?
「お、おい侑士…」
「顔色悪いで。大丈夫かお前」
「もしかしてその…恋人って…」
「目の前におるやろ?」
やっぱりー!!
「けいちゃん」て…
跡部景吾→景吾→景ちゃん
ってことデスカ。
「あ?何固まってんだよ。性別なんてくだらねえモンにこだわってんのかてめぇ」
鋭く蒼い瞳に、射ぬかれるような視線。
「……っ」
心臓の鼓動が、次第に早くなっていく。
え…まさかこれって………
好きになっちゃった、かも?
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