56.憧れる(8赤) | |
「っあ〜!すみません!」 「いえ、こちらこそぶつかってしまい、申し訳ありませんでした」 まだ入学したばかりで、校舎内を軽く迷子になってしまった昼休み。 たまたま曲がり角で人とぶつかってしまい、運悪く相手が持っていた大量の資料が床へ散りばめられてしまった。 ズサーッという音がしたのを合図に、俺は素早くしゃがんだ。 「拾うッス!」 「ありがとうございます」 床が真っ白になる程の量の紙なんて二人で拾わなきゃ大変だろうし。 俺がぶつかった眼鏡のこの人は、どこからどう見ても真面目で、誠実そうな…クラスに一人はいそうな、THE・学級委員!みたいな感じの人。 正直、俺みたいな年がら年中ふざけてるタイプとは縁がないから、あんまり馴れ馴れしく接することもできない。 「あっちまで飛んじまってる…」 「本当ですね…あとは私がやりますから、どうぞ君はいってください。助かりました」 そう言って丁寧におじきをした眼鏡さんに、俺も吊られてこちらこそ、と頭を下げてまた自分の教室を探しに歩き出した。 眼鏡さんと別れてから3分後。 俺は後悔することになる。 (教室の場所、聞けばよかった…) 放課後、部室に向かって走っていたら前方に見覚えのある紫の髪が目に入った。 追い抜きざまにチラッと顔を見たらバッチリ目が合ってしまい、つい足が止まる。 「おや、君は…」 「ちーっす」 「昼休みの時はどうもありがとうございました」 「いや、俺も悪いんで気にしないでください…って、アンタそれ…ラケバ?」 「……?そうですよ?」 「も、さかして、テニス…部…?」 「ええ、私は立海大テニス部、三年の柳生比呂士と申します」 いやいや嘘吐け!! 声には出さなかったものの、俺の気持ちはその一言で埋まっていた。 「柳生?ああ、確かにあいつはうちの部員だ」 「本っっ当ッスか!?柳先輩、俺をからかってるんじゃないッスよね!?」 「本当だ…一体どうしたというんだ切原」 「だ、だって!眼鏡で、きっちりしてて、めっちゃ文化部顔!」 「どうしたんじゃ、参謀に切原」 「仁王……切原が柳生はテニス部員だと信じてくれないんだ」 「ほほーう、切原が信じれんのも無理ないぜよ。よし、もうちょいしたら柳生と打ち合う予定じゃき、ついてきんしゃい」 あいつの、テニスしとるとこが見れるナリ。 そう言われて仁王先輩の後ろについていった先に、立海のジャージを身に纏った眼鏡さん…じゃなくて柳生先輩がいた。 う〜ん、ジャージよりスーツの方が似合いそう…。 ジーッと柳生先輩を見ていたら仁王先輩に「そんなに見つめとったら柳生に穴があく」と言われたので仕方なく視線を逸らした。 でもやっぱり気になったので、チラッと見てみたら、またバッチリ目が合ってしまい、今度は微笑まれてしまった。 「……本当に、テニスするんスか?」 「ああ、見とりんしゃい」 仁王先輩側のベンチに腰かけて、様子を窺う。 初めは軽く打ち合う程度だったのに段々と打球が重くなってきている気がする…───と思った瞬間、 「仁王くん…これにて遊びは終わりです」 パコーン!! 「アデュー」 目にも止まらぬ速さで柳生先輩の打ったボールが俺の足元に転がった。 「………すっげ」 開いた口が塞がらない、とはまさにこのことだ。 心臓がドクドクと脈打つのを、全身で感じる。 何だろうか、この感じは…… 少し汗をかいた柳生先輩が仁王先輩とさっきの打ち合いの感想を言ってから、驚きと感動から未だにベンチから立てない俺に駆け寄ってきた。 「是非、切原くんとも打ち合いたいものですね」 そう言って笑った柳生先輩に、俺の心臓はまた大きな鼓動をひとつ。 憧れる (そして恋は始まった。) 120602 |