恋する動詞111題 | ナノ

88.持て余す(跡滝)

(※社会人設定)




「はい、跡部の分」

「あぁ」


跡部の前にあるテーブルに紅茶の入ったティーカップを置く。

コトン、と陶器が軽くぶつかるこの音が可愛くて好きなんだ。


…なんてこと、言ってもきっと跡部は何とも思わない。



俺と跡部は付き合い出してからもう長いこと一緒にいる。

一緒にいるのが当たり前になり過ぎて、感じ始めている"違和感"に気づいても、それが何かも分からないし、彼にそれを伝えることも今の俺には出来ない。


別に仲が悪いわけではない。

友人としてはお互いに最高の人間だった。

ただ俺たちは、その一線を越えてまでなる関係じゃなかったんだ。


「明日も仕事?」

「いや、明日は休暇を取った」

「そっか…じゃあ久々に一緒に何か作らない?」

「そうだな。食いてぇモンあるか?」

「うーん……」

「はっ、まぁ焦らなくてもいいぜ。何でも俺様が華麗に調理してやる」


無邪気に笑う姿がやけに微笑ましい。

自信たっぷりな跡部の姿は今もずっと変わらない。

あの頃から彼はちっとも変わってないんだ。
だから多分、大きく変わってしまったのは俺。

そんな俺の心境を察してかは分からないけど、跡部もきっと俺と同じことを考えてる。

そして、同じ様に言い出せずにいるんだ。


だって言ってしまえば、恋人にも友達にも戻れないことを知っているから。





『俺たち、こんなハズじゃなかったのにね。』


いつか、そう彼に言える日が来るんだろうか。


誰も知らない「いつか」に、俺はただ無責任に思いを馳せるだけしか出来なかった。


持て余す
(言葉も気持ちも、きっと同じものを)



121229


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