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あの日、部室から一番近い木の下で泣いていた彼を見て、思わず手を差し伸べたのは、いつもと同じ様に困っている人を助けたいという心からきたものではなかった。 財前はんと口論になってしまい、その後一人で涙を流していた姿を、ワシは確かに“愛しい”と思った。 だから泣きじゃくる彼の背を摩ったり、頭を撫でたり、落ち着くまで一緒にいてあげたりしたんだ。普段なら、決してそこまではしない。 「銀は、優しいなあ」 何度も擦り、赤くなってしまった目元は痛々しかったが、あの笑顔はそれすら思わせないほど、明るくて輝いていた。 「ワシは優しゅうのうて、ただ金太郎はんをほっとけんと思うたかったからや」 「??なんで?」 「…なんでやろうか」 正直、その時はわからなかった が、今ならきっと、金太郎はんが好きやから…と言えるだろう。 人間は、自分に無いものを持っている人に惹かれるとは、よく言ったものだ。 ワシには、他人の心までも明るく照らす太陽のような笑顔はできない。 本当は自分が人に出来ることなんてほんの少しだけなのだ。その少しが、困っている人に手を差し伸べること。 誰でも出来てしまうようなこと。 「ワイはな、銀みたいに泣いとるヤツに声かけられへんねん」 「意外やな…金太郎はんなら真っ先に声かけとりそうやけど」 「でもなぁ、何で泣いとるかもわからへんのに、ワイどないな言葉で励ましたったらええか迷うとったら、泣いとったヤツも泣き止んでどっかに行ってしまうねん」 「それは、別に金太郎はんが気にすることでもないやろ」 「せやけど 、今日わかってん。銀がずっと傍におってくれたからワイ、今心がぽっかぽかやねん」 せやからな、おおきに!と大きな声で叫びながらどこかへ走り去ってしまった金太郎はんの笑顔を思い出して、自然と顔が綻ぶ。 「お互い様、やな」 ポツリと呟いた独り言は、風に流されてきっとどこかへ運ばれて行った。 掴む (自分にないものを持つ君を) 120812 |