73.狙う(滝岳) | |
空を飛ぶことを夢見る彼は、本当にふわふわしていると思う。 俺はそんな地に足を着けている方が少ないんじゃないか、と言いたくなるくらい跳び跳ねてばかりいる向日を今も手に掴めないまま、地上から空へ彼の姿を見つめるだけ。 「よく跳ぶよね」 「ま、岳人はアレぐらいしかええとこないからな〜」 「おいおい、相方がそんなこと言っちゃっても良い訳?」 「ホンマのことやし。それに、そこを最大限に引き出すんも相方の役割なんとちゃう?」 度が入ってもいない眼鏡を指で押し上げてから、忍足はラケットを持ってコートへ歩き出した。 多分、忍足は俺が向日のことを好きなんだって気づいているんだろうけど、敢えてそれは聞いてこない。 …そんなところが、何とも忍足らしくてちょっと気持ち悪い。 (あーあ。俺も、向日みたいに高く跳べたら向日と同じ目線で、同じ景色が見れて、もっと彼を知ることが出来るだろうに) ぱらぱらとノートのページを捲りながら、今日の天気や温度、湿度などを記入する。 地味だけど、レギュラー落ちしてからは、そういう細かい所から研究していって、自分のテニスを見直そうと思った。 それとは別にみんなのサーブの速さなんかも記入しておく。 こういうことは嫌いじゃないけど、この仕事をするようになってからは以前に増して向日と話したりする機械が減った気がする。 そんな現実に少しだけ肩を落とし、またシャーペンを握り直したら、不意にノートに陰が出来た。 顔をあげるとそこには、首からタオルを下げた向日がいた。 「…それ、何書いてんだよ」 ノートを覗きながら俺の隣に座った彼は、今日も無邪気にへへ、っと笑っている。 そんな笑顔に、いつも俺の心臓はドキッと跳ねる。 「色々と、ね」 「俺のことも書いてあんの?」 「もちろん。他のレギュラー全員分もちゃんとあるよ」 「へぇ〜」 感心した様に俺が渡したノートをじっくりと読んでいく。 「滝も大変だな…俺なんかぜってー無理だし」 「向日、こういうの苦手そうだもんねー」 「まあな!」 自慢にならないはずなのに、ニカッと笑う向日はまるで太陽みたいで、俺にはちょっと眩しい。 「………」 「……?」 俺も彼に笑いかけていたら、急に黙って俺をじっと見てくる。 珍しく真剣な顔をして、どうかしたんだろうか。 「俺さ…最近あんまり空飛びたいって思わなくなったんだよなぁ」 「え、何で?」 「前にさ、割りと高く跳べた時にベンチに座ってコレ書いてる滝が見えてよ」 立ち上がった向日がくるっとこちらを向いて、また笑いながら 「お前や、他の奴ら残して空、飛んでも楽しくねぇかもって思ったんだ」 …なんて言うから、俺は君の優しさや明るさを知って、君をどんどん好きになるんだ。 狙う (絶対、絶対君を手に入れてみせる) 120803 |