俺と拳と変態と



のんびりとした休日
前々から読みたかった本がようやく手に入り、俺はゆったりと自室で読書を楽しんでいた
窓から入る、そよそよと優しい風
ぺらりとページをまくる音だけが響く部屋
強くも弱くもなく、程よい光がカーテン越しに部屋を照らして

こんな穏やかで、居心地のいい空間は久々だ
本の内容と、居心地のいい空間を両方楽しむ
あぁ、なんて穏やかで素晴らしい休日

「リキッド、邪魔するぞ」

が、音もなく現れた昔なじみのおかげで、全てがぶち壊しとなった

「どうしたフォックス、部屋に入る前にノックぐらいしろ、というか俺は鍵をかけていたはずだが?」

「何だ、案外片付いているな」

急にいるはずの人物から声をかけられ心臓が跳ねたが、こいつが神出鬼没なのは昔からなので気にしたら負けだ
穏やかな休日の終焉にため息を吐き、読みかけの本にしおりを挟んで呼んでもいない客人に向き直る

いきなり部屋に現れた客人…古くからの友人というよりは腐れ縁に近い男
グレイ・フォックス
急に、しかも俺に断りなく現れたというのに、まるで物怖じせず俺の部屋をジロジロと観察している

まるで人形か何かかといいたくなるほど整った容姿
口を開けば、穏やかで甘い声で人の心を惹きつけ
誰にでも優しく、それでいてストイックな雰囲気
頭もいいし、運動神経も抜群
一見すれば、天は二物を与えずということわざを否定して生まれてきたみたいな奴だ

「おい、貴様無視するな、俺の質問に答えろ。俺は鍵をかけていたはずだが、どうやって部屋に入った?」

「ん?あぁすまない、天井裏から来たのでな」

中身は、かなり…いや、ものっすごく変わっているが

「そんな場所から来るな、普通にドアから入って来い」

「鍵がかかっていたじゃないか」

「普通に声をかけてくれれば開けてやる」

まるで悪びれた様子を見せないフォックスに、頭が痛くなってくる
結構長いことこいつと腐れ縁を続けているが、未だにコイツの思考回路の欠片も理解できない
俺よりコイツと親しい、いけ好かない双子の兄弟は理解してるのだろうか
いや、理解できていたらそれはそれで嫌だ
こんな変人の思考回路を理解できるなんて、きっと同じくらいの変人しかいないに決まってる
実の兄弟が、そんな変人とか嫌過ぎる

「あぁ…なら次からは善処しよう」

「善処とかではなく、普通に来い…頼むから…」

こいつを見ていると、本当に天は二物を与えないんだなと思えてくる
見た目と声と外面は良いくせに、中身がここまで変わっているとか詐欺だ

「ところで、何の用だ?何か用事があってきたんだろう」

わざわざ、天井裏からやってくるほど重要な用事が

「あぁ、ちょっとお前に頼みがあってな」

「何だ?くだらん用事ならソリッドに頼め」

というか、くだらん用事ならこの場で殺してやる

「ソリッドではダメなんだ…リキッド、お前でないと…」

フォックスは俺の肩に手を置き、とても真剣な表情で俺の顔を覗き込んできた
その真剣な表情に、何故か一瞬心臓が跳ねたが勤めて平静を装う

「俺でなければダメなのか?」

「あぁ、お前でないとダメなんだ」

「ふん…なら聞いてやらんでもない」

「リキッド…」

フォックスは、一瞬微笑むと
女なら腰の砕けそうな非常にいい声で
女なら一発で落ちてしまいそうなマジな顔で

「ちょっと俺を殴ってくれないか?」

そう、まったくそれらの無駄遣いな言葉を吐いた

その言葉が脳に届き、その意味を正確に理解する前に

「ぐふぉあっ」

反射的にフォックスを殴り飛ばしていた

殴り飛ばされた奴は、そのまま吹っ飛び
ドアに大きな音を立ててぶつかり、そのまま動かなくなった

ピクリとも動かないフォックスを見て、やりすぎたかと一瞬思ったがすぐ考え直す
俺は悪くない
いきなり、殴ってくれないか?なんて意味不明で気持ち悪いこと言われたら反射的に殴ってしまうのは仕方ない
悪いのは、いきなり殴れとか意味不明なことを言い出したフォックスだ

あぁ、けど反射だったせいで手加減がまったくできなかったな
ぶっちゃけ、俺も拳がめちゃくちゃ痛いし、殴った瞬間何か嫌な感触が伝わってきた
…歯とか折れてたらどうする
治療費なんぞ払ってやらんぞ、お前が殴れといったんだからな

「フォックス?」

そんな取りとめもないことを考えながらじぃっと眺めていたが、いくら待ってもフォックスが動きだす気配がない
いくらなんでも、大人しすぎる
まさか、頭を打ったか?
ありえる、ぶつかったときかなりいい音がした

「おいフォックス、大丈夫か?」

頭なんぞ打たれてたら厄介だ
そして、万が一にもそれが原因で死なれたらもっと厄介だ
別にこいつが死んでも悲しくともなんともないが、俺が原因で死んだとか目覚めが悪すぎる

「フォックス?おい、返事を…」

恐る恐るぐったりとしたフォックスに近づき、顔を覗き込もうとしゃがんだ瞬間
ものすごい勢いで、足を掴まれた

「ひっ!」

急に足を掴まれ、驚いた俺は

「ぐはっ!」

反射的に、フォックスの腹に蹴りを入れていた

「す、すまんフォックス…」

さすがに、今のは俺が悪いかもしれん…
プルプルと体を震わせるフォックスに、さすがに罪悪感が沸いてくる
いきなり掴まれたとはいえ、反射的に蹴りを入れてしまった
しかも、全力で
殴れとは言われたが、蹴れとは言われてなかったしな

「フォックス…?」

「………」

半ば混乱している俺とは裏腹に、フォックスは何も言わずただ体を震わせている
その顔はうつむいていて、どんな表情かは伺えない

怒って、いるのだろうか?
もしかして、嫌われただろうか?
いや、こいつに嫌われようと、痛くも痒くもないが……
やはり、怒っているのか?

「リキッド…」

その時
小さく呟いて、フォックスはようやく顔を上げた

その顔は
殴られた側の頬を紅く腫らし
口元から血を流しながら
反対側の頬を、違う意味で赤く染め
恍惚とした瞳で、俺を見ていた

その顔に、背筋にぞわりと粟立った
生理的嫌悪的な意味で

しかも、何となく息が荒い

ヤバイ、こいつ気持ち悪い
激しい生理的嫌悪を覚え、フォックスから離れようとしたとき
ものすごい勢いで、今度は肩を掴まれた

「ふ…フォックス…?」

「もっと…」

「フォ…」

「もっと…俺を殴って蹴ってくれ…!」

恍惚とした表情で、息を荒くしながら俺にそう懇願するフォックスに

脳内で、何かがぷつんと切れる音がした

「ふざけんなぁぁぁ!!!!!」

お望みどおり、渾身の拳を腹に叩き込んでやる
一瞬でも心配した俺がバカだった!
こんなやつ、本当に死んでしまえばいい!!

「死ね!マジで死ね!!」

「くっ…この肉と肉のぶつかり合い…最高だ…っ!!」

「お前はもう口を開くな!!!」

けれど、いくら殴っても蹴り倒しても、フォックスは恍惚とした表情を浮かべるだけだ
むしろ、最初より息が荒くなってきて非常に気持ち悪い

わかってる、あぁわかってるさ!
コイツは、俺に殴られたくてここにいるってことくらい嫌というほどわかってしまったさ!!
ようするに、殴れば殴るほどこいつの望みを叶えてしまうことくらいわかってるさ!!!
その証拠に、全力で殴り蹴り倒しているというのにフォックスはめちゃくちゃ気持ち良さそうだしな!!!

けど、無理に決まってる

「もっと…もっとだ!俺に痛みをくれ!!」

「黙れぇぇぇ!!!!!」

こんな気持ちの悪い生き物を目の前にして、殴らないとか俺にはできない!!
けど、殴れば殴るほどこの気持ち悪い変態は喜んでしまう
くそっ…わかっているのにっ!!!

「お前みたいなド変態M野郎なんか死んでしまえばいいのに!!!」

「ぐっ…拳だけでなく、言葉攻めまでしてくれるとは……サービス満点だな、リキッド…っ」

「ちがぁぁぁぁぁう!!!!!」

あぁ、誰か助けてくれ!!



俺と拳と変態と



俺は殴れば殴るほどいろんな意味で泣きそうになり
フォックスは殴られれば殴られるほど恍惚とするという負のループを抜け出したのは
家に帰ってきた兄弟が、笑顔でフォックスをつまみ出してくれるまで続くのだった















パラレル部屋に置くかどうか迷ったけど、そんな事言ったらソリリキとかフォリキそのものがパラレルだよね、と思いこっちに

そういえば、フォックスがドSなフォリキはあるけど、ドMなフォリキってないよな〜と思い書いてみた
どうしよう…書いてる自分もフォックス兄さんが気持ち悪い

タイトルはやっつけ仕事
だれか、センスのいいタイトルを思いつく才能をください
むしろ、文才をください

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